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希都さん

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ただなんとなく、の理由

13/02/11 コンテスト(テーマ):第二十三回 時空モノガタリ文学賞【 バレンタインデー 】 コメント:0件 希都 閲覧数:1464

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 私が普段買い物袋に使っている大きなエコバッグを、遊びに出かけていた娘が提げて帰ってきたから何事かと思えば、
「ママ、ちょっとキッチン貸して」
 なんて「ただいま」も無しに言って、キラキラとした目で私を見上げてくるのだ。
「……キッチン?」
 驚いてしばらく呆然としてしまったが、ふと見ると、エコバッグの上部から大量の板チョコが顔を覗かせている。あぁそうか、と、カレンダーの日付を思い返しながら私は頷いた。
「……良いけど、火を使う時は気を付けるのよ」
「うん!」
 パタパタとキッチンに走っていく娘の後姿を見送りながら、あの子も大きくなったなぁと感慨深いものがある。
 もうすぐ、二月十四日。
 今までなら十円のチョコレートを友達に配るだけの日だったのに、どうやら今年は手作りに挑戦するらしい。気になる男の子がいるのか、それともお菓子作りに目覚めただけなのか……。
 と、いつだったか、目玉焼きを学校で習ったというので作らせてみたら炭になったのを思い出して、慌てて私もキッチンへと向かった。
(ちゃんとレシピとか見てやってるんでしょうね……)
 小学四年生。
 結構信用できる面もでてきたけれど、たまに、どうしてこんな事を!? と驚くようなことを平然とやってのける。そんな年頃。
 ――チーン。
 キッチンに一歩足を踏み入れた瞬間、聞こえてきたレンジの音と、漂う甘く焦げた匂いに嫌な予感がした。
「……何してるの?」
「え? 溶かしてるの」
 耐熱容器の中、カレー用のスプーンでかき混ぜられようとしている茶色い物体Xは、どう見てもチョコレートの成れの果てだ。きっと、レンジで加熱しすぎたのだろう。
 大きく息を吐く私の様子には気付かないで、その物体Xにスプーンを繰り返し突き刺している娘は、楽しそうに鼻歌まで歌いだす。
「……ねぇ、なんでレンジ使ったの?」
「えー? だってママ、火は危ないって言ったじゃん。だからレンジでチーン!」
 えへへ、と、娘はどこか自慢げに振り返るのだが、焦げて固まったチョコレートを手にしていては何の自慢にもならない。
 けれど、そろそろ娘もおかしいと気付き始めたのか、鼻歌を止めて眉を寄せ、物体Xを見ながら首を傾げた。
「……ママ、なんかこれ変なんだけど」
 あぁ、もう――。
 腕を捲くって手を洗い、娘から物体Xの入った耐熱容器を受け取って尋ねる。
「何をやってこうなったの? チョコを刻んでチンしただけ?」
「ううん、刻んでない。そのまんま。……それと――」
「それと?」
 物体Xごと器を流しに置いて、蛇口を捻りながら振り返れば、娘はおずおずとコンロの横に置いてあった口の開いた生クリームの紙パックを指差した。
「あのね、溶かしてから混ぜるんだったんだけど――」
「……全部入れたの?」
 確認すれば肯定する彼女を横目に、引きつって少しだけ笑ってしまう。こんな所が夫と同じ大雑把なB型なんだよなぁなんて考えながら。
「材料は? まだ残ってる?」
「生クリーム、もう無い……」
 私はさっさと耐熱容器を洗って、拭いて、落ち込んでいる娘の前に差し出した。
「チョコがあるなら何とかなるでしょ。ママも手伝ってあげるから」
「……うん」
 嫌々頷く娘の気持ちは分からないでもないが、まだ一人でできないんだから仕方ないでしょ、と心の中だけで諭した。
「で? 何作るつもりだったの?」
「生チョコ……」
「あぁ、だから生クリームだったんだ」
 エコバッグを覗いてみれば、板チョコはまだ四枚も残っている。これなら――、と、収納庫を漁って目当てのものを取り出して。
「薄力粉とナッツあるから、ブラウニー作らない?」
「……ぶらうに?」
 全く知りませんがという顔をして首を傾げる娘は、以前買ってきて食べたそれを忘れてしまっているらしい。
「前に食べた時、おいしいって言ってたじゃない」
「ふぅん。じゃあ、それで良いよ」
 その言い方に少しカチンときたものの、今なら何でも笑って許せる気がした。
「じゃあ、チョコを溶かすのから始めよっか。一番失敗しないやり方は、お湯をまずお鍋で沸かしてね――」
 言いながら、つい考えてしまう。もしかしたら、これが最初で最後の機会かもしれないと――………。
「ねぇ、これって誰にあげるチョコなの?」
 チョコを刻むように教えて、その様子を見守りながら尋ねると、彼女は少しだけ振り返ってはにかんだ。
「だ、誰にってこと無いよ。ただなんとなく、作りたくなって」
 上手くできたらパパにあげようかな、と呟く娘は、けれどどこかそわそわとして瞬きばかり繰り返すのだ。――これで気付かない訳がない。
 ブラウニーが上手に焼けたら、とびきり可愛いラッピングをしてあげよう。そう思いながら私は、小さな手で刻まれていくチョコレートを見つめていた。

fin


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