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きほんのき〜作家篇〜

13/02/07 コンテスト(テーマ):第一回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 おでん 閲覧数:1524

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 妻も娘もいるじゃないか、と田所は自分に言い聞かせた。不貞、という言葉が頭をよぎった時、こんな私にもまだ家族を思いやる心があったのかと、つい驚いてしまった。
 しかしベットに横たわる相手は私を望んでいた。セーラー服を脱ぎ捨て、露になっている由美の肌は、部屋の安っぽい間接照明の灯りであたたかな色に染まっていた。もはや自制心のきかなくなった田所は、ネクタイを緩めて彼女の元へと歩み寄る……、

 とここまで書いて、田島はキーボードを打つ手を止めた。煙草に火をつけ今書いた文章を読み直す。途端、気分が悪くなる。いい歳して、こんな文章をよく考えついたものだ。作中の田所は、自分と同じ五十二歳。そして、今まさに肉体的な関係を持とうとしている相手の由美は、まだ十七歳の女子高生だ。自分は、現実で満たされない欲望を、作品の中でかなえようとしているのかもしれない。社会的に容認されない欲求が、小説のような社会で認められる形におきかえられることを、心理学の世界では《昇華》と呼ぶらしい。煙を吐きながら、気持ちわりぃと若者言葉でつぶやいてみる。そして田島は、deleteボタンを長押して文章を消した。
 翌日の午後、たまたま近くにいたという笹島が原稿をとりにやってきた。笹島は田島の担当編集で、まだ三十手前の男だった。耳がキンキン鳴る高い声と、十分もあれば誰とでも仲良くなれる性格、そして、笑っているのか泣いているのかわからない顔が特徴的だった。
「読ませていただきました。」
 笹島はその場で原稿を読み終わると、紙の束をそろえて机の上においた。
「ああ、どうだった。」
「まあ面白いことは面白かったっスネ〜。」
 含みを持たせた言い方をされ、田島は憤然とした。
「言いたいことがあるならはっきり言いなさい。」
「あ〜と、そうっすネ〜、これ田所はどうして由美を抱かなかったんですか?」
「ああ、そこな。」つっこまれることをある程度予測していた田島は、田所に由美を抱かせなかった理由を述べた。
「なるほどなるほど、田島さんの考えはよくわかりました」笹島はいったん穏やかに納得してみせてから、まじめくさった口調で続けた。「でもね、今は小説にも濡れ場がないと売れないんですよ。性と暴力の描写があって、ラストにみせるどんでん返しでお涙頂戴。これら要素のうち、一つでも欠けたらいけません。」
「そんなのは……もはや小説とは呼べない。」田島は食い下がるも、
「いいえ、残念ですがこれが今の小説なんです。だから、同じ中年の読者に気持ち悪がられるんじゃないかとか、これは抑圧された欲望の《昇華》じゃないかとか、そんなしょうもないことで時間を無駄にしないでください。あなたたち作家は、ただ売れる構想だけを考えていればそれでいいんです。」
 言うだけ言って、笹島は原稿を持たずに帰ろうとした。それを見た田島は、机の上に置いてあった灰皿をつかむと立ち上がり、そっと彼の後ろに忍び寄った。そして……、 
 
「うん、まあまあだな」
 そこまで読んで、田代は原稿を脇に放り投げた。今年で編集歴三十年を迎える田代は、文壇で活躍している多くのベテラン作家を育て上げたことで有名だ。今日も編集らしくないその身なりと、エサにうえた獣のような眼光が突き刺さる。
「でもなあ、こんなのは小説の《きほんのき》だぜ。下手くそであることにはかわりねえぞ」
 へへっ、どうもすいませんと返した笹山は、先月に小説家としてデビューしたばかりの新人だった。彼はいつも、書いた文章を田代にけなされている。そのストレスが溜まりに溜まってか、先日、自分の後頭部に十円ハゲができているのを発見した。作家で食べていくというのは、想像以上に苦しいことだった。
「おい下手くそ、ちゃんときいてんのか? にたにた笑ってんじゃねえぞ」
「すいません、こういう顔なんです……」
「それにお前、この作品には確かに性も暴力もどんでん返しも入っているけど、肝心のお涙頂戴を忘れてるじゃねえか。一つでも欠けちゃ駄目だって、いつも口をすっぱくして言ってるだろ。さあ、ここから先、どうやって読者を泣かそうっていうんだ。教えてみろ」
 笹山はこたえにつまった。締め切りを守ることに精一杯で、肝心のオチをまだ考えていなかったのだ。
 そんな困りはてた笹山の顔をみて、田代は言った。
「おい下手くそ、お前が泣いてどうするんだよ。」と。(了)


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