若早称平さん

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性別 男性
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庭女

19/07/11 コンテスト(テーマ):第170回 時空モノガタリ文学賞 【 庭 】 コメント:0件 若早称平 閲覧数:54

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 きっかけは息子のしつけに関する意見の違いだった。真夜中の言い争いはだんだんと激しさを増し、激昂した夫に突き飛ばされたのが生前の最後の記憶だ。
 夫の家系は代々この辺りの地主で、それ相応の立派な日本家屋を広い庭が取り囲む。専属の庭師がいて月に一度手入れをしにやってきていた。次に気がつくと私はその庭になっていた。と言っても庭に誰かのいる気配が分かり、かすかに音が聞こえるだけで家の中や外の様子は神経を集中させても掴めない。おそらく私は殺されたあとこの庭に埋められたのだろう。
 しばらくすると複数の足音と話し声が聞こえてきた。注意深く耳を傾けていると(耳があるわけではないが)「妻、行方不明、捜索願い」という単語だけがなんとか聞き取れた。どうやら夫と警察の人が話しているようだ。殺人の隠蔽工作だろうか。殺すつもりはなかっただろうが、逮捕されるつもりもないようだ。
「小さい頃に自分の母親も行方不明になっている。だから妻はなんとしても見つけて欲しい」といった内容の懇願も聞こえた。そんな話は聞いたことがない。そんな作り話をしてでも罪を隠したいのだろうか。
 もう一つ、少し離れた所から小さな足音がした。これはおそらく息子の和雄のものだろう。和雄はよく秘密基地を作ると言って庭の土を掘り返して遊んでいた。もし警察が訪れている今私の死体が見つかれば夫に言い逃れはできないはずだ。「和雄、ここよ! 私を掘り起こして!」心の中で強く叫んだ。
 残念ながら夫に叱責されたのか、和雄の気配は庭から消えてしまった。
 私は思わずため息をもらす。実際には口はないのだけど。夫への愛情はとっくの昔に冷めていて、今は殺された恨みしかない。なんとかここから夫の悪事を暴く方法はないものかと私は四六時中頭を悩ませていた。なにせ眠くはならないし、落ち葉や虫の死骸から勝手に養分を吸収してるようでお腹も空かない。昨晩雨が降ったときなど、大好物のすき焼きをお腹一杯食べた気分だった。

 体感時間で一週間ほど考え抜いた結果、今の私は完全にただの観察者に過ぎず、自力で夫を追い詰めることなど到底叶わないという結論に至った。もしも幽霊にでもなれていれば毎晩夫の枕元に立って恐怖を与えてやるのに。呪いの力で苦しみを与えてやるのに。ただの庭である私にはなんの力もなかった。
 ただ一つだけ楽しみなことはあった。和雄が毎日のように庭で遊んでくれることだ。死んでなお息子の成長を見守ることができるのだけは神様に感謝しなければならない。
 しかし、私の願い通り夫が逮捕されれば、和雄はどうなるのだろう? この家で一人で暮らせるわけはない。親戚の家に引き取られるのか、それとも施設に入るのか、どちらにせよこの家を去ってしまう。そうすればもう和雄に会えなくなるだろう。それだけは絶対に嫌だ。考えただけで気が狂いそうになる。複雑な心境のまま、夜は更けていった。

 翌朝最初に聞いたのはドタドタと走る刑事たちの足音だった。神経が徐々に庭であることに慣れてきたのか、以前よりも様々のことが鮮明にわかるようになってきた。家から出てきた夫を見つけたのか、刑事の一人が叫ぶように言った。
「奥様が見つかりました!」
……え?
 事態が飲み込めない私を置き去りにするように、歓喜に沸く庭上の夫と和雄は刑事に連れられて病院へ行くようだ。二人の弾むような足音が去り、朝を告げるようにちゅんちゅんと鳴く雀たちだけが私の上に残った。
  私は誰なんだ? 答えの返ってこない自問自答を繰り返し、納得がいくように仮説をいくつも立てた。思案することしかできない私の憶測と妄想はカラスが鳴きだす日が暮れまで続き、帰ってきた三人分の足音によって再び絶望に落とされた。
 飛び石の上をヒールで歩く足音は、その途中で方向転換をした。
「さっき警察に言ったことは本当なの。本当にここにあなたのお母さんが埋まってるのよ。夢で見たの。私が行方不明になっていたっていう間の唯一の記憶がそれよ。きっとお母さんがわたしを導いてくれたのよ」
 その女の声は今までにないくらいにはっきりと聞こえた。女が私の真上にいることがはっきりと分かった。
 彼女のおかげでようやく私の疑問に解答が与えられた。私は庭になったのではなくて、ただここに眠る白骨死体なのだ。夫に殺され、埋められ、長い年月が経ったのだろう。私が和雄だ思っていたのは私の孫で、憎むべき夫だと思っていたのが……
 土を掘り返す音が聞こえる。ぼんやりと明るくなっていく視界に最初に映ったのは、立派に成長した和雄の驚愕した顔だった。


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