1. トップページ
  2. 箱庭の天地創造

土井 留さん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

箱庭の天地創造

19/07/09 コンテスト(テーマ):第170回 時空モノガタリ文学賞 【 庭 】 コメント:0件 土井 留 閲覧数:64

この作品を評価する

 B博士は、時間の促進を実現した天才物理学者である。名声と富を得て引退し、彼は自宅の庭で疑似創造主になろうとした。
 手順はこうである。まず、庭を閉鎖し、動植物を入れて自然環境を造る。そして庭の時間を早め、長い年月を経過させる。すると、閉ざされた庭の生態系が変遷し、生物の環境適応、つまり進化が起きる。こうして庭先で起こる生物のドラマが、博士の老後の楽しみになるのだった。
 B博士の広大な庭は、ドーム状の強化ガラスで囲われた。このガラスは内部が電燈のように光り、庭の人工的な太陽の役割を果たす。ガラスの外殻は球体になっていて、地下まで伸びて外界と庭を完全に隔離する。生態系を支える十分な水を供給するため、庭の内部には広い池を造り、ポンプで水が循環するようにした。
 庭の外殻が出来上がると、B博士は一度ドームの内側を強力な放射線にさらし、ありとあらゆる生命を死滅させた。残るのは、庭の面積の約70%を占める池と、岩石と砂の広がる荒涼とした世界である。この無生物空間に、B博士は近所の公園の土と池の水を移植した。庭で展開する生態系は、彼の愛した、ありふれた草花や、水たまりのプランクトンから始まるのであった。
 準備を終えて、B博士は友人のH博士を招いてお茶を飲んだ。
「多様な環境は生まれにくいと思うな。君の庭は広いけれど、生物の多様性を生むには狭すぎる。自然環境に比べれば、君の箱庭はコピー用紙のように扁平だ。」
「確かにね。しかし、生物は限定的な環境でも存在するだろう?深海や砂漠に比べれば、陸と水が三対七というのは多様な環境だよ。大型の動物を養うほどの面積はないが、昆虫程度だったら、私の庭で相当数生存できるはずだ。」
「楽しみだね。時間促進が終わったら、是非見せてくれ。」
「もちろん。真っ先に君に見せるさ。」
 3ヶ月後、H博士はB博士から招待を受けた。
「さあ、何千万年かを経て、公園の微生物はどうなったのかな?」
「まあ見てくれ。すばらしい眺めだよ。」
 ドーム内部に突き出た観察室に入って、H博士は息をのんだ。
 球状の壁面は苔で覆われ、明るい緑色の壺のようになっていた。立派なキノコや地衣類が生い茂り、庭のほとんどを占めていた池は、枯れた植物で埋められて、小さな沼になっていた。苔の生えていない天井の部分から光が注ぎ、サソリに羽を生やしたような生物や、小さな羽虫の群れが、静かにドームの中を旋回していた。
「これは驚きだ。実に見事だ。僕は、もっといびつな世界になると予想していたよ。」
「そういう時代もあったようだね。何度か壁が植物で覆い尽くされた痕跡がある。そういう時代は真っ暗闇だっただろう。」
「動物はいないのかな。」
「残念ながら、この広さでは昆虫が限界だったようだ。支配的な生物は圧倒的に植物だね。ちょっとこちらに近づいてくれないか。」
 B博士がいたずらっぽい表情でH博士を招いた。
 H博士が観察室のガラスに顔を近づけると、ドームの中の苔が急に盛り上がり、H博士の上半身になった。
 H博士は思わずのけ反り、B博士が大笑いした。
「これは一体何だ!」
「運動能力と知性を持った苔だよ。超植物とでも言うべきかな。」
「知性だって!植物が!」
「植物が化学物質でお互いに交信しているって話を知っているだろう?特殊な環境でコミュニケーションを取り合った結果、箱庭の苔は集合生物になったんだ。すごいだろう。」
「すごいも何も、とんでもない大発見だよ。どの程度の知能があるのだろう?」
「検証してみないと何とも言えない。しかし、見ての通り、好奇心にあふれた生き物のようだね。」
 そんな生物が狭い空間に閉じ込められていたら、さぞ退屈だろう。
 H博士が言いかけた時、ドームの天井から何か光るものが落ちてきた。
 初めは埃のようだったが、落下物は次第に大きくなり、はっきりとガラスの破片とわかるまでになった。見上げる二人の前にガラス片がぼろぼろと落ちてきて、ついに天井にサッカーボール大の穴が開いた。
 脱出口に向けて、サソリのような生物と無数の羽虫が舞い上がった。同時に、球体のドーム全体を覆っていた明るい苔が、凄まじい速さでドームの内壁を駆け上がった。苔は、穴を抜けて外気に触れ、不足していた二酸化炭素を吸収して急激に増殖した。知性と運動能力を持った超植物は、変態して幹となり、枝を生やし、一本の巨木に形を変えた。巨木はさらに成長し、外壁を乗り越えて根を生やし、地面から有機物を吸い上げ、博士の箱庭をぶち破って爆発的に成長した。
 二人の老人は、腰を抜かしてこの光景を見守った。観察室の天井は、家ごと巨大化した植物の根に持っていかれてしまい、二人の頭上には青空が広がった。
 B博士は笑った。
 ほとんど山のような大木が、圧倒的な量感をたたえて彼を見下ろしていた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン