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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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白いてのひら

19/06/19 コンテスト(テーマ):第169回 時空モノガタリ文学賞 【 純情 】 コメント:3件 待井小雨 閲覧数:342

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 夏のバス停で、ゆらゆらと白い手が揺れている。
 僕はその腕を捕らえたくて必死で走るけれど、辿り着いてもそこには誰もいない。シャツの合わせを掻き毟る様に掴む。
 太陽が火照った体を焼いていく。
 ここで倒れたらあの人はあの時のように現れてくれるだろうか。……逃げて翻ったワンピースの裾。
 やがて到着したバスに乗って振り向いても、もうあの手は現れない。
 あれは幻――それとも錯覚。
 氷から滴る水の冷たさを思い出す。

 二年前、中学一年生の夏。
 ひやりとした心地に目を覚ました。バス亭で倒れた僕の額に、誰かが氷を当ててくれていた。
「だれ……」
 訊ねたけれどその人は何も答えない。日傘の影で顔も見えなかった。額に触れる冷たさと手の感触が心地よい。
 自分の手をそっと重ねると、その手がびくっとなった。白く伸びた腕までも震わせる。感謝の気持ちを伝えたかったのだけれど、またふっと意識が遠くなるのを感じた。
 次に目を開けると近所の診療所に寝かされていた。軽い熱中症とのことだった。帰り道、僕は迎えの車の中からバス停を振り返る。あの時びくりと震えたあの人の手が、眼裏でいつまでも揺らめいていた。

「正也、おはよー!」
 教室に入ると幼馴染の樹が声をかけてきた。
「朝から元気だな」
「暑さに負けて倒れる奴とは体力が違うさ」
 樹は二年も前のことを引っ張って言う。運動部に所属する樹の体は夏の日差しに黒く焼かれている。頑丈なお前とは違うんだよ、と言おうとして思い直す。
「熱中症をなめるなよ」
 部活で運動するのなら本当に気を付けた方がいい。夏の幻影に囚われてしまうぞ、とはさすがに言わないけれど。
「……なあ、正也。通学にバス使うのやめたら」
 唐突な話題に首を傾げる。
「別に勝手だろ」
「自転車で来るとかさ」
 訝しんで向けた視線が外される。中学で始めたスポーツの影響で、樹の体格は昔より逞しくなっていた。つられらように性格も強気になっていたが、時折昔の弱々しい性格が顔を出す。今がちょうどその時だ。「いや、さ」と目を彷徨わせる。
「あんなとこに突っ立ってるから倒れるんじゃないかって心配してんだよ」
 大したことのない理由に、僕は「大丈夫だよ」と軽く答えた。あの場所に向かわずにはいられない。
 あの手は僕を呼んでいるような気がするから。



 正也の背中を見送りながら、俺はそっと息を吐く。きっと正也は明日もあのバス停に向かうのだろう。
 ……二年前のこと。
 朝の道を一人、歩いていた。
 小学生の頃、体の小さい俺は皆のからかいの的だった。そんな俺を疎ましがることなく傍にいてくれる正也の荷物になりたくなくて、強くなりたいと中学で運動部に入った。すると急激に手足が伸び始めた。自分の体の成長に正体のわからない不安を覚える。
 きっとすぐに筋肉がつき、白く細い腕も日に焼けて逞しくなる……。
 それを望んでいたはずなのに、心が急に逃げ出したくなった。
 家族の誰も起きてこないある早朝、姉のワンピースを着て外に出た。
 日傘を差せば顔も隠れて誰かに見咎められることもきっとない。ひと歩きしたらそれで満足できるはずだった。
 バス亭で蹲る正也を見つけたのはそんな時だった。そこからはもう、この格好がバレてしまうとか嫌われてしまうとかいう考えは全部吹っ飛んで、介抱に向かって走っていた。部活の水分補給の癖で水筒は持っていたけれどハンカチなどは持っていない。氷だけを取り出して額に当てた。
 正也の目に氷から溶けた水が伝う。瞳が開かれた。
「だれ……」
 その言葉に自分の姿を思い出して焦ると同時に、日傘の影で見えていないのだと気付いた。どうにか逃れなくては、と思い巡らせた時、不意に正也の手が自分のそれに重ねられた。
「まさ……」
 や――と声が出る。信じられない程心臓が跳ね、手がびくりとなった。重ねられた手に一層の力が込められて顔が熱くなる。
 ふっとその力が弱まるのを感じ、手を振り払う。氷水をかけて日傘を残し、その場を逃げた。急いで着替えて彼の家に報せに走った。
 本当は額に触れた時から鼓動は早まっていた。
 強くなりたかった理由にも、ずっと気付いていた。



 想う心が夏の景色に幻を生む。あの場所で彼を呼ぶ白昼夢を見るのだ。
 駆けてくる正也に喜びを感じながらも、浅ましい……と呟いて夢の中の瞳を閉じれば、その瞬きひとつで現実に戻っていた。
 恋の欲で手だけの幻影となってまでも想いを捕らえてほしいだなんて、浅ましい。
 そんな心は見つけてほしくない。なのに、想いは勝手に駆けだしている。
 気付かないでほしい……捕まえてほしい。
 この気持ちの均衡は、いずれ崩れてしまうのだろう。
 ――いつかきっと、俺は捕まる。

 掴んだ腕の主に、彼はどんな顔をするのだろうか。


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このストーリーに関するコメント

19/07/07 タック

拝読しました。
繊細な文章が美しいです。暑く、しかし爽やかな夏の空気が文面から伝わってくるようでした。
また、白く細い手に恋をしたというシチュエーションがとても素敵で、正也くん、樹くん、それぞれの感情を想像しながらじっくりと読ませていただきました。
大変面白かったです。ありがとうございました。

19/07/15 待井小雨

タック様

お読みいただきありがとうございます。
正也は夏の幻影に恋い焦がれ、樹は捕まることを心のどこかで願いながらも逃げている。
二人とも少年ということで苦手な方もいらっしゃるかとは思ったのですが、少年少女で書くよりは同性の方がしっくりくるなと思い、こういったお話になりました。
面白いとのお言葉、励みになります!

19/07/18 犬飼根古太

拝読しました。
不思議な雰囲気に浸れました。派手なシーンなどないのにとても引き込まれました。凄く面白かったです。
読ませていただき、ありがとうございました。

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