秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。 ……ということも言ってられず、ついに虫歯を治療しましたところ、ちっとも奥歯の不快感が消えてくれないので、「先生、虫歯を見落としていませんか。虫歯がまだ残っていると思われます」と大変失礼なことを尋ねてみましたら、「それ、本当に歯が痛いのですか。歯茎は少し腫れていますが、本当に歯ですか」と逆に聞かれ、やっぱり恥ずかしい思いをしました。こんにちは。 

性別 女性
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19/06/17 コンテスト(テーマ):第169回 時空モノガタリ文学賞 【 純情 】 コメント:2件 秋 ひのこ 閲覧数:104

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 それを男と女なら純愛だと、ひとは言う。
 相手を想って想って、どうしようもないくらい大切な、尊いこころ。
 たとえこの気持ちが「愛」ではないにせよ、私はだったら、何と呼べばいいのだろう。

 ユキはいつも、耐えていた。
 家庭環境に、高校の副担任、F島に。
「別れてくれない」
 と、ユキが私に暗い顔を見せる。
「怒鳴るし、髪とか引っ張られて、土下座させられたり、でも逃げられない」
 ユキとは高校で出会い、すぐに仲良くなった。お互い片親で、ひとりっ子で、内向的で、好きなアイドルが同じ。私たちは誰よりも濃厚で親密な友情で結ばれた。
 なのにユキは、高校2年になってF島とつきあい始めた。27のオッサンと。好きでもないのに、迫られて断れず言いなりになっているユキの弱さを、憎いとさえ感じる。
 母親が若い恋人を家に住まわせているので、彼女の居場所はとても少ない。私の側がいちばん安全なのに、夜眠れる場所を求めて、彼女はF島のところへそれでも行ってしまう。
「最近、ママの彼も触ってきたりするの。もうヤだ。消えたい」
 ユキが頭を抱えて泣き、その苦しみが私の胸を切り裂く。
「逃げようよ、ふたりで」
 冬服に衣替えした日、私はユキに言った。こっちを向いてほしい。私こそ救いなのだと、いい加減気づいてもらいたかった。
「逃げるって、どこへ?」
 泣きはらした目で、ユキが私を見返す。
「わかんないけど、どこか遠く。お小遣い貯めてるし」
「家出? 余計面倒なことになるよ」
「家出じゃない。避難? 亡命? わかんないけど、今のままじゃ駄目だよ」
 ユキはいつまでもうんと言わず、悩んでいる。私は強引に出発の日時を決めた。次の土曜日、朝9時に駅前の広場で待ち合わせ。荷物は最小限。できるだけお金を持ってくること。
 具体的に話し出すと、ようやくユキから「服って何枚いるかな」とか質問が出始め、心に灯かりがともる。希望に、思えた。
 
 だけどユキは、現れなかった。
 土曜日の9時。何度ラインを送っても、電話をしても、つながらない。
 3時間待って、自分の影がどんどん縮んで短くなった頃、私は計画失敗を悟った。スーツケースを引いて、駅に入る。ホームに出たところで、思いがけないものを見た。
 F島が、列の先頭でスマホを見つめている。
 普段よりラフな格好で、スーツケースを引く私が真後ろに立っても気づきもしない。完全に私生活モード。
 F島の手の中の携帯を覗き見て、ふいにばらばらのパズルが一瞬で完璧にはまるように、何もかも腑に落ちた。
 ライン。上から下まで吹き出しがずらずらと。はっきりと文字が読めたわけではないけれど、わかる。ユキとしている。指がこまめに動き、メッセージが上がる。秒単位で返事が返ってくる。ユキが、今この瞬間、いや、私が期待を胸に待ち続けていた間もずっと、この薄っぺらな機械に、その向こうのF島に取り憑かれ、逃げたいくせに逃げもせず。こんな大事な日でさえ。こんな、今日こそ、今日だけは手放さなければならなかった日でさえも。
 無理やり体を押さえつけられ止められたわけではなく、たかだか電話のやりとりで、ユキは来なかった。
 とてつもない敗北感が、血をふつふつと揺らす。
 電車がホームに滑り込んでくる。速度はすでに落ちていて、遅い、と思った。思ったのに、両手が突き出た。体当たり同然で、F島の背を押す。その煩わしい機械から手も目も離せ。ユキを、離せ。

 テレビで観るような格子つきの窓がひとつあるだけの個室で、私はパイプ椅子に座り、背広の警察官と向き合う。もう、日が暮れかけていた。今日が終わってしまうな、と思うと寂しかった。
「今、君の友だちのユキさんからも話を聞いてる。F島教諭とつきあっていたことは認めてるけど、DVがあったかどうかはまだね、はっきり本人は言わないんだ」
 警官は、探るような瞳で私を見つめる。それから、唐突に聞いた。
「君、レズビアン?」
「違います」
「じゃあ何で彼女のためにそこまでしたの。一生刑務所行く意味、わかる?」
 自分がユキのためにどこまでできるか、私はわかっていなかった。何故、ユキのために。
「友だちだから」
 それしか、答えが見当たらない。ユキのことが好きだ。
「純粋な、友情、です」
「不純でしょ。人を殺しておいてさ」
 警官が嗤うように頬を歪めた。
 この気持ちの説明書きなんかどうでもいい。あの子がもう苦しまずに済むなら、夜安らかに眠れるなら、後のことは、私のことは、どうでもいい。それから、はたと気がつく。
 母親の彼氏。あいつも問題だった。
 一生刑務所に行ったら、あいつをどうにもできない。
「私まだやり残したことが。今日、一旦帰ってもいいですか」とあまり考えず口にすると、阿呆を見るような警官の視線とぶつかった。


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このストーリーに関するコメント

19/07/07 タック

拝読しました。
主人公の純粋な思い、しかしおそらくは友人に気持ちが届くことはないのだと考えると、胸が締め付けられる心地です。
大変面白かったです。素敵な作品をありがとうございました。

19/07/07 秋 ひのこ

タックさま
こんにちは。
恋愛とは別の感情で、極端なほど究極に純粋な思いを目指しました。
女子の間には、男同士とはまた違う感情があるように思います。たぶん、ですが(^^;)
この度は感想をいただきありがとうございました!

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