1. トップページ
  2. 教授、うんこから前世を語る。

堀田実さん

こんにちは

性別 男性
将来の夢 作家以外になること
座右の銘 特になし

投稿済みの作品

0

教授、うんこから前世を語る。

19/06/07 コンテスト(テーマ):第169回 時空モノガタリ文学賞 【 純情 】 コメント:0件 堀田実 閲覧数:64

この作品を評価する

「うんこを笑うのは小学生の昔からの特徴ですが、実はその昔というのは人類が始まって以来ずっと続いているものではないか、と私は時々思うのです。」

 満開だった桜も散りはじめた頃、教授は入学したばかりの新入生たちを前にして唐突に話し始めた。

「生物学的に考えるならそれはおそらくうんこを笑うことが種の保存あるいは生存競争に勝つために有意なものだったから、ということになりましょう。しかし考えてみてください。本当にうんこを笑うことが人類の生存に役に立っていると思いますか?」

 聴衆である学生たちは誰一人として頷いたり否定するものはいなかった。ただしんと教授の声だけが講義室の中に響き渡っている。教授もそんな学生たちの無関心さに馴れているのか、ただ淡々と話を続ける。

「私も実はそのような主張をするために今こうしてお話ししている訳ではありません。結論から言えば有史以来私たち人類がうんこを笑い続けているのは『前世』との関わりがあるのではないかと思っているのです」

「例えば私たちがうんこを笑うのは性的な話をする時のものによく似ています。無垢な小学生たちはうんこの話を笑うと同時におちんちんなどと言って笑ったりするでしょう。よくよく考えると不思議なことのように思えませんか? うんこや下ネタで笑うことは言語や文化を越えているのです」

 学生たちは相変わらず無関心なままだったが、一部の学生たちはヒソヒソと話をしはじめた。

「私たちの日常には当たり前だと思っていることがたくさんありますが、しかしよくよく考えるとなぜそうなるのか説明できることは少ない。君たちがこれから学問を志すなら、まず身近なことに疑問を抱き追求するべきです」

無関心な学生たちのなかに一人だけ真剣にじっと教授の目を見続けている女子学生がいた。教授はどうせなら彼女のためだけに話を続けようと思った。

「仏教でいえばうんこは当然穢らわしいものとして嫌われるべきものであります。なぜなら仏陀釈迦牟尼はこの世のものは「一切皆苦」、すべての現世的なものは苦しみであると説いて解脱の重要性を主張した人物だからです。「この身体が不浄である」と考えることは、仏教的思想の一基盤をなすものです」

 教授はこの話を続けることに手応えを感じていた。話を聞かない学生は以前多かったが、数人は熱心に話を聞いているようだった。

「君たちの中に最近うんこや下ネタで笑った人はいますか?」

 室内は急にしんと静まり返ったようだった。失敗したと思ったがあとに引くわけにもいかなかった。教授はここ数年、どのように学生に接したら良いか、その答えが見いだせずにいた。

「私たちはこの世界で生活しているとついつい子供の時に持っていた純粋な感情というものを忘れてしまいがちです。うんこも性的な事柄も本来は隠されるべきものなのですが、しかし小学生は笑います。彼らは笑うことによって隠されるべきものを顕在化しているのでしょう」

 教授はもはや誰の反応も気にせず話続ける。あまり学生たちのウケが良くないのは今に始まったことではない。

「小学生たちの純情が隠されるべきものを笑うという、その有史以来変わることのない普遍性が、私には不思議で仕方がないのです」

「仮に遺伝子情報を個体を越えて受け継がれる『経験』だととらえるならば、遺伝論にしろ前世論にしろ、その主張の基に個体を越える『経験』があるのは変わりありません。カントはそうした普遍性の不思議さをアプリオリという概念を通して説明しましたが、今の時代では受け入れられるものではないでしょう」

 教授は今日の晩御飯のおかずのことについて考えていた。アジの塩焼きに熱燗を添えてディナーにしよう。私の話はもはや無機物になった魚ぐらいしか聞いてはくれない。


「小学生たちが何を『経験』し、「うんこは恥ずかしいものだ」という認識に至るかはまだわかりません。しかし、私は笑われるのを恐れずに主張するならば、私たちは本来はもっと完全なものだった、と夢見てもいます。例えばそれは食べても糞尿をする必要のない身体をもっていた、あるいは食べることさえ必要がなかった、などです。それは仏教的な思想を通して主張するならば、誤った考えによりこの不浄な身体を有する人間界に転生してしまったということになります」

 ここではじめてあの熱心に聞いていた女学生の一人が質問をしてきた。

「日本の歴史を学びたいと思ってこの学部を選んだのに、どうして変な話ばかりするんですか? 仏教は反日です」

 教授は途端に頭がくらくらとした。体調の悪い日かもっと歳を取っていたら本当に倒れていただろうと彼は思った。それでも彼女は続ける。

「仏教思想の行き着く先は皇室の否定です。蘇我氏の持ち込んだ思想を広めないで下さい」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン