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堀田実さん

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ゼロの底の純情

19/05/29 コンテスト(テーマ):第169回 時空モノガタリ文学賞 【 純情 】 コメント:0件 堀田実 閲覧数:69

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 ある日突然すべての数がゼロになるように定義された。数字の定義が変わったのだ。ゼロにはいくつ足してもゼロになるし、いくら掛けても割っても引いてもゼロのままだ。
 そんなほんの少しのお遊びのような違いが途端に世間の常識を一変させてしまった。
「昨日のテストを返すぞ」
そう言って一人一人に採点結果が配られる。
「川上よくできたな0点だ」
「山岸、全然勉強してなかっただろう。ほとんどできてなかったぞ。0点だ」
そう言って先生はクラスメイト全員にテスト用紙を返却する。当然のことながら僕も0点だった。
「言いたいことはわかるが、世界はこのように数を定義し直したのだから仕方がない。どんなに正解を積み上げても、どんなに不正解を積み上げてもそれは結果として何も変わりがないんだ。それはある意味正しかったと先生は思うぞ」
そう言って先生はいつものように授業をはじめる。新たな定義が施行されて半年、クラスの中は机に突っ伏して居眠りする人と、起きて真面目にノートをとる人とにいつの間にか二分されていた。当然と言えば当然だろうと思う。努力は何の評価にも繋がらなくなったのだから。
 学校の帰りにクラスの一番の秀才だった山根と一緒に帰る。それは定義が施行される前も後も変わりがない。おそらく今だって丸の数を数えていけばクラスで上位に入っているだろう。
「山根はテストの結果どうだった?」
唐突に聞いたが彼は快くテスト用紙を見せてくれた。パッと見やはりその用紙には○ばかり書かれていた。
「どうして山根はどうせ0点なのに勉強続けているのさ」
「うーん、どうしてだろうね。その方が正しいと思うからじゃない?」
僕はその意味がよくわからなかった。
「正直迷ってるんだよね。このまま勉強を続けていたって本当に何も無駄になるんじゃないかって」
山根は少し考えてから言う。
「それはやっぱり戸塚次第なんじゃないかな。僕はむしろ試されているんじゃないかとさえ思うんだ」
「試されてる?」
「そう。今までは良いこと、正しいことをすればそれだけの見返りがあったけど、今はないよね。だとすれば僕は本当に正しいと思うことしかできなくなるんだ。不思議だろう? 僕はたまにそんなことを考えてしまう」
 家に帰ると母が寝っ転がってテレビを見ていた。母はいつもこの時間にパートに出ていたが、どんなに働いても給料が変わらなくなったのでいつの間にか働く意欲をなくしていた。
「お母さんお腹空いた」
「そこら辺のもの食べれば?」
母はそう言うとテーブルの上に積み上げられたチョコレートやカップ麺やレトルト食品の山に指をさす。
「またこんなに貰って来たの」
「いいじゃない、タダなんだから。誰も文句言わないわよ。腐ってゴミになるわけじゃないし」
「でもあんまり貰いすぎるとダメなんじゃないの」
「何よ今さら。多く貰っても控えめにしても何も変わらないでしょ」
「まあ、そうだけどさ」
僕はそう言いながらビッグカップ味噌ラーメンに手を伸ばして蓋を取る。以前はよく働いていたし料理もしてくれていたけど、その機会はめっきり減ってしまった気がする。
「あんたも今のうちに遊んでおきなさいよ。何をしようと自由なんだから。まぁ、お母さんも殺人はダメだと思うけどね」
そう言いながらテレビを指差す。今日も無差別殺人が起こったらしい。新しい定義が施行されてからというもの、人をいくら殺めてしまっても人を殺した数はゼロになってしまうから、警察も逮捕できなくなってしまったのだ。
「こうなったら人間終わりね。でもお母さんもそろそろ何がなんだかわからなくなって来ちゃった。やっぱり人を殺したら地獄に行くみたいな考え方は必要なのかしら」
ポテトチップスを食べながらテレビを見続ける。肝心の父は三ヶ月前から家に帰っていない。おそらく愛人を作ってどこかへ行ってしまったのだろう。
 僕は部屋に籠って一人きりになる。以前は買うこともなかった大きなテレビと新作のゲームが山のように積まれているけど、最近は何をやってもつまらない。
「人生って何なんだろう」
僕はぽつりと考える。
「やっぱり山根の言うように試されているんだろうか。神様のような存在に。誰かはわからないけど、誰も何も評価してくれなくなる世界では、僕は本当に僕と向き合わなければならなくなる」
『純情』。僕が以前から好きだった歌手の曲のタイトルが目に入る。この曲を聴きながらよく勉強をしていた。あの頃は今よりもう少し勉強熱心だったし部活も頑張っていたっけ。そんなことを思う。
 僕ももう少しで母のようになってしまうのだろうか。無気力になってついにはテレビを見るしかなくなってしまう。
「生きる理由を何か見つけなくちゃ」
そう思いながらいつの間にかウトウトとして寝てしまう。そうして明日もいつもの学校がはじまる。


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