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クナリさん

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純情性癖モラトリアム

19/05/25 コンテスト(テーマ):第169回 時空モノガタリ文学賞 【 純情 】 コメント:0件 クナリ 閲覧数:151

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 メロンシロップを混ぜたプリンのようだ、と自分の髪を見て自分で思う。
 高校一年生の九月、私の通う教室では、異質なものを見る目がいつも遠慮なく突き刺さってきた。

 放課後、いつものように一人で帰る。
 ふと体育館の裏を見ると、貧弱な外階段の踊り場に、同級生の男子が座っているのが見えた。
 工藤という、黒髪に眼鏡の真面目野郎だ。
 工藤の視線を追うと、その先には保健室があった。中では、保険の先生がぼけっと書類を眺めている。その先生を、工藤がさらにぼうっと眺めている。
 いや、待て待て。
 確かに美人ではある。でも、あの先生もう四十超えてるぞ。



「昨日、見てたよね」
 工藤が話しかけてきたのは、翌日の放課後、私の帰り道だった。
 とうに校門を出ていて、寂れた工場の間の路地には、他に学校の連中の姿はない。
「まあね」
「誰にも言わないでほしい」
「言わないよ、わざわざ」
「駅まで、隣を歩いてもいい?」
「工藤って駅こっちだっけ」
「違うけど」
「……好きにすれば」
 十五分も歩けば駅に着く道を、五分ほどはそれから、二人共黙って歩いた。
 するといきなり工藤が、
「ババ専なんだ」と呟いた。
「は? ババ?」
「かなり年上の女性が恋愛対象ってこと」
「熟女趣味、の意味?」
「それだと、性癖っぽいじゃないか」
「いや性癖だろ」
「違う。……違う、と思う」
 それから、また黙る。駅が近づいてきた。
「工藤。何かよく分かんないけど、違うんだな? 悪かったよ」
「ううん。僕こそ、ごめん」
 工藤は改札には入らずに引き返した。
 謝り合って別れるというのは何だか、ひどく間抜けな感じがする。
 お陰で、明日、もう少し話さなきゃならないな、という気分になった。



 また翌日の帰り道、私たちは同じ道を下校していた。
 私のメロンプリンが、夕焼けの色で更にえぐい色合いになっている。
「この間、知り合いのニューハーフさんが性別適合手術をして、名実ともに女性になったんだ」
「工藤ってそんな人と、どこで知り合うわけ」
「え? 会員限定特殊性癖SNSで」
「性癖なんじゃん!」
「それはそれ。性癖がない人なんていないでしょ。僕はババ専で登録してるけど、色んな人がいるよ」
「……お前、昨日から意外に発言が濃いな」
「そう、で、二十五歳にして、その人女性になったんだけど。それまでパートナーだった男性に振られたらしいんだ。手術が理由で」
「へ? 何で?」
 工藤が足を止めた。見ると、唇を噛んでいる。その歯が、少しだけ緩んで――
「そのパートナーはね、ペニスのある女性が好きなんだって。だから、女性になったその人は、恋愛対象じゃなくなったって」
 私は絶句した。工藤が、震える声で続ける。
「彼女は、ずっと手術を怖がってた。きれいな人なんだよ。でも手術をすれば、恋愛対象として比較されるのは、世間に山ほどいる純粋な女性だ。自分に勝ち目があるのかって、凄く怖がってたけど、彼を信じるって言って。それを、……あんなに、いい人なのに……」
「そんなの! それこそ性癖だろ! 元々恋愛なんかじゃなくって――」
 思わず勢い込む私へ、工藤はぐるんと顔を向けた。
「そうだよね! 違うよね! 信じていいよね、恋愛って、もっと……!」
 工藤は泣いていた。
 他人を、一人の男子を、泣かせるほどの失恋をした人。どんな人なんだろう。きっとこいつの言うとおり、いい人に違いない。
 それなのに。
 胸が、押し潰されるように痛んだ。
「工藤。私さ、変態なんだよ」
「え?」
「男の子が好きなんだ」
「……普通じゃない?」
「違うんだ。『男の子』なんだよ。小学生とか、それ以下の。恋愛じゃなくて、性癖的なやつ。恋愛したことないけど、多分」
 私たちは夕暮れの路地で、しばらく見つめ合った。
「どうして……それを僕に?」
「いや。これ聞いたら、泣きやんでくれるかなあと思って」
「そ、……」
「この髪もさあ、それが理由で。この頭してると、小さい子って近づいて来ないんだよね。黒髪の女の方に行くわけ。だから私は何もしなくて……何も起こらなくて、済むじゃん?」
 工藤は固まっている。とりあえず、涙も止まった。

 その、間の抜けた顔が幼い。小さな少年のように。
 あれ、ヤバいかこれは、と思った時には、心臓の鼓動が早まっていた。

 何て駄目な奴なんだ、私は。
 でもまあしょうがないか。人間十六歳、そうそうおキレイなばかりではいられまい。
 それでも私って、割と純情な方なんじゃないか。
「行こうよ」
 私は歩き出した。工藤がちょこちょことついてくる。
 ああもう、だからさあ。

 こいつ将来、どんなおっさんになるんだろう。
 老けたところを見てみたい。

 できれば、泣き顔でなく、クソガキのような笑顔で。


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