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北 流亡さん

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数学者v.s.コロッケ

19/05/20 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 北 流亡 閲覧数:87

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西村玲子は困惑した。レシピに書いてあることが、ほとんど理解出来なかった。
1+12だ。斜辺の長さをc、他の二辺の長さをa、bと定義すると、c^2a^2+b^2だ。3以上の自然数nについて、x^n+y^nz^nとなる自然数の組 x,y,zは不在だ。
しかし、ジャガイモと挽肉と玉ねぎからコロッケが出来る。理解は、出来なかった。

数学とは、迷路のようなものだと、玲子は思っている。三叉路のような単純な道もあれば、モザイクのような錯綜した道もある。しかし、どれもゴールがある。
レシピ。目前に横たわっていた。
霞で造られた塔。それが頭に浮かんだ。道筋はイメージ出来なかった。

最初に「ジャガイモを竹串がすっと通るまで茹でる」と書いてあった。まず、それが解らなかった。
袋から出したばかりのジャガイモ。それに竹串を立てる。通らずに、折れた。ということは、まだ次の工程の「ジャガイモを潰す」には進めないのだ。。
コンロを点火した。程なくして、鍋は沸騰した。ジャガイモが揺れていた。玲子はまんじりとせずに見つめた。ただ、竹串を持って、時を待った。
15分くらい経っただろうか。外見に変化は無い。変わらずに、鍋の中で微動していた。
思い切って、竹串を刺してみた。右手に、力を込めた。竹串は、ジャガイモを通過し、鍋の底に触れた。
しかし、玲子の頭に引っかかるものがあった。「竹串がすっと通る」の「すっと」の部分だ。刺すとき、力を込めた。僅かではあるが、その感触は右手に残っていた。
15分。さらに待った。もう一度、刺す。竹串は、そこに何も無いかのように、すんなり貫通した。ジャガイモの表面は僅かに崩れていた。これが良かったのか、悪かったのか、玲子には判断はつかなかった。
湯を捨て、ボールにジャガイモを入れた。皮を剥く。レシピにはそう書いてあった。
手を触れる。熱い。思わず、手を引っ込めた。先程まで沸騰した湯に入っていたのだ。当然であった。
玲子は息を吸って、吐いた。思考を力づくでフラットに戻した。
冷めるまで、別な作業をしようと決めた。

フライパンを中火で熱する。1分。
フライパンに油を入れる。大さじ1杯。
牛豚合挽き肉を入れる。100g。
微塵切りにした玉ねぎを入れる。100g。
レシピには「程よく炒める」と書いてあった。
玲子は、頭を抱えた。「程よく」とは何なのか。
時間。だとしたら何秒だ。
状態。だとしたら何処までやるか。
答えは無い。もう一度レシピを見る。程よく炒める。文言は、変わらない。
汗。額を伝った。木べらを、フライパンの上で動かす。挽肉が、茶色くなる。玉ねぎも、茶色くなる。答えには、辿り着かない。解は何処だ。遙か先にあるのか。それとも、疾うに過ぎているのか。
逡巡しているうちに、玉ねぎが黒を帯びてきた。舌打ち。キッチンに響いた。
レシピを一瞥する。「塩胡椒を適量加える」。玲子は、もう一度舌打ちした。
自室に戻れば、千分の一まで量れるスケールがある。0.01gも、0.001gも量れる。しかし、適量は量れない。背中に、汗が浮いた。玲子は塩胡椒を振った。五振。砂塵の積もった荒城。その光景が頭に浮かんだ。
混ぜて、火を止めた。

ジャガイモは、既に熱を失っていた。皮を剥き、炒めた挽肉と玉ねぎを加えた。
混ぜ終えると、成形した。30.000g。寸分違わず、量った。
そこに小麦粉を塗した。卵液を潜らせた。パン粉で外殻を固めた。小麦粉も卵液もパン粉も「分量外」と書かれていたが、ここは戸惑わなかった。成形した中身を、覆う。それだけだ。中身が見えなければ、それで良いはずだ。
最後に成形した。定規で計測しながらだ。0.1mmまでの誤差は許容した。パン粉の凹凸は御しきれない。しかし、ようやく、形になった。玲子は、細く息を吐いた。

次に、油を熱した。170℃。玲子は、最後の行程を見た。
「キツネ色になるまで揚げる」
玲子の背中を冷たいものが襲った。何処まで、苦しめれば気が済むのか。強く、唇を噛んだ。握った拳が、震えていた。
それでも、コロッケを、フライヤーに入れた。
油の弾ける音が、響いた。。
狐…動物界脊索動物門哺乳綱ネコ目イヌ科イヌ亜科の一部。実に多様な種類がいる。
ホッキョクギツネも狐だ。キタキツネも狐だ。フェネックだって狐だ。
様々な狐が脳内を逡巡した。苦悩が加速した。棒を持って、一匹づつ狐を追い払った。
どれだけの時間が経ったのか。コロッケは、真っ黒になっていた。
目に、涙がこみ上げてきた。形振り構わず慟哭したかった。しかし、我慢した。この結末は、誰のせいでもない。自分のせいだ。
キャベツを盛った皿に、ギンギツネ色のコロッケを乗せた。
レシピの写真を見た。最初から、これと比べれば良かったのだ。
完成品は、あまりにも黒かった。
玲子は、泣いた。


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