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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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予知侍

13/02/04 コンテスト(テーマ):第一回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2115

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 剣の修行とはなにも、真剣をふりまわすことだけではない。
 仁乃川大吾はときに座禅、また茶店の床几に腰をおろして、目のまえをゆくさまざまな事象に目をこらしては、勝負にとって必要な、平常心を得ようとしていた。
 いまも大吾は、道端の切り株にすわりこんで、牛にひかれた荷車をながめていた。そのときだった、彼の心のなかにある光景が浮かびあがったのは。
 荷車の車輪よりもっとふとくて黒い輪を四隅につけた鉄製の乗り物らしきものが、荷車とは比較にならないおそろしく早い速度で走っている。そんな乗り物が何台も何台もひろい街道をゆきかっていた。
「あれは、なにか?」
 声にだしたとき、幻影は消えた。
 彼は次に、通りのむこうの、藁ぶき屋根の家屋をみた。
 とたんに、軒も屋根もなにもない、火の見やぐらよりはるかに高い四角い建物が、目のまえに浮かんだ。
 ずらりとならぶいくつもの窓、ひとりでに開く透明の表玄関………
 頭上でひびくさえずりに、ふと空をあおいだ大吾の目に一羽の、ヒヨドリの姿がとらえられた。
 彼の目にその鳥の姿の上に巨大な、二対の長い翼と細長い胴、後尾に今度は短い二対の翼と魚の尾ひれのようなものがつっ立ったものが空を飛行しているのがみえたのはその直後のことだった。
 このような不思議な幻影はそれからのちも、彼の心に頻繁にあらわるようになった。
 なにかひとつのものに目をこらし、精神を統一するとふいに、いまあるものとは異なる、途方もない事物が浮かび上がるのだった。
 それらはどうも、遠く未来のなにかであることだけは、漠然とながら彼にも理解できた。
 何十年、いや、何百年もしたら、おれが心にみたものがじっさいに、世の中にあらわれているのかもしれない………
 だが仁乃川大吾は、そんな推察をふりはらうかのように、
「奇っ怪な―――!」
 と、大声もろとも、抜きはらった刀を一閃させた。
 いま、心を乱すわけにはいかなかった。
 おとつい彼のもとに、果たし状が届けられた。
 差し出し人は、馬庭念流の使い手、塚越彦一朗という若手の剣士だった。
 各地で決闘をくりかえし、勝利をえるたびにその名が世にひろまる塚越のことは、大吾も以前から聞き知っていた。
 いつかは挑戦してくるだろうとはおもっていたが、こんなに早くとはさすがに意外だった。
 決闘の期日は一週間後だった。
 うけてたたないわけにはいかなかった。
 これが剣の道を歩むものの宿命だった。
 武芸者にとっては、より名のしれた剣士との試合に勝つこと以外に、己の名をあげる手段はなにもなかった。
 互いの命を賭して勝敗を決するかぎり、殺されても文句はいえない。
 おそらく塚越との決闘も、どちらかの死をもって決せられることはまちがいなかった。
 試合までの日々を、大吾ははげしい剣の鍛錬にうちこんだ。
 木刀の素振りを二千回、何十貫もの岩をもちあげること一千回、ひとに見立てた竹、藁束を切断すること何十回、これを日課にするとともに、町のあちこちの剣術道場にのりこんでは、一度に師範代クラス何人もを相手にして試合し、そのことごとくをうちのめした。
 一度などは旅の武芸者からすれちがいざまに斬りつけられたが、これ幸いとばかり一刀両断に叩き切った。
 斬るにさいして、いっさいのためらいはたちまち命とりにつながる。
 彼の全身にただよう殺気は、塚越との対決において最高潮に達した。
 決闘の場となった山裾の岩場で、塚越とむかいあった大吾は、こみあげてくる緊張に顔がこわばるのをどうすることもできなかった。
 これまでたたかったどんな相手よりも、塚越はできた。
 まだ若い身でありながら、おそらくその年齢以上の人間を倒してきたのではあるまいか。
 両者はしだいに間合いをつめて、切っ先がふれあうまでに接近した。この瞬間どちらもが、相手の技量を実感したにちがいない。
 塚越と大吾の口から同時に、裂帛の気合が発せられるた。
 意識を集中したそのとき、大吾の頭のなかに、ある光景がわりこんできた。
 それは、刀もなにももたない人々が、平和のなかに暮らしている光景だった。
 そんな時代の人間たちにとっては刀など、無用の長物どころかこのうえなく剣呑で、それをふりまわすものがあるとすれば罪人か、よほどの悪人にかぎられた。
 人類愛こそ世界のたどりつく姿であり、じぶんの名声のために殺人を肯定したりするなど、まさに人非人、いや犬畜生の行い以外のなにものでもなかった。
 おれはこんな、極悪非道の刀なんか手にして、いったいなにをやっているんだ………。
 刀をもつ大吾の手から一瞬、力がぬけた。
 そのとたん、彼の眉間にむかって、渾身の力をこめた塚越の剣がふりおろされた。


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このストーリーに関するコメント

13/02/04 草愛やし美

W・アーム・スープレックスさん、拝読しました。

予知してしまう侍という設定、面白かったです。

殺しあうこの状況に無に感じた瞬間が、彼の死を余儀なくしたとしても、彼の脳裏に、勝負よりも大事な何かを見ることができたのではと、信じたいですね。

13/02/04 W・アーム・スープレックス

草藍さんの豊かな心情というものが伝わってくるコメントを、ありがとうございました。

時代物は、観たり、読んだりするのも好きです。コンピューターや、調べないとわからないややこしい横文字もでてこず、あくまで人間を中心に描いてあるところに魅力をおぼえます。

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