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寒天さん

数学専攻末期課程

性別 男性
将来の夢 特になし
座右の銘 七転八倒

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いまもむかしも

19/05/16 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 寒天 閲覧数:106

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「今日の晩ごはん、どうしよう…。」
まだ朝は少し寒く、熱めのシャワーで眠気ごと洗い流しながら菜月はそんなことを考えた。
そう、まだ朝なのに。

三日前のこと。
菜月の母は急に友人の旅館へ住み込みで1ヶ月ほど手伝いに行くと言いだした。
なんでも、一度着物を着て働いてみたかったとか。
「ええ!ちょっと急すぎるよ、ご飯どうすればいいの?私あんまり作ったこと無いよ、知ってるでしょ?」
「大丈夫よ、もう20年以上私の料理食べてるんだから、味はわかるでしょ」
というわけで、結局菜月が夕飯の係になってしまったのだった。

通勤、休憩時間と、ずっとスマホでレシピ探し。
初日はほうれん草のお浸し、赤魚の煮付け、豆腐の味噌汁という、ド定番の和食を作った。
ところが、お浸しは芯は硬いのに葉はヨレヨレ、煮付けは蓋をするのを忘れて煮汁が消滅、まともなのは味噌汁だけという有様に。
自分の余りの料理のできなさにショックを隠しきれない菜月。
「ごめんね…」
「大丈夫、これは食べ物だ」
その後3日、まともに作れたものも幾つかあったが、正直言って美味しいものは作れなかった。
「こんなのあったんだけど、明日一緒に作らないか?」
そう言って父が持ってきたのは、母の本棚にあった古いレシピ本だった。
「味付けとかちょっと古いんじゃない?ネットで見たほうが写真もいっぱいあるし、わかりやすいと思うけど」
「そうかな、確かに流行り廃りはあるけど…例えば味噌汁なんか、味が変わってるとは思えないな」
「確かに…」
二人で本を開くと、古い本独特の紙の匂いと接着剤の匂いがした。
「ほら、やっぱり写真は完成品だけで、作り方は文字だけ、しかもこんなちょっとしか書いてない」
「確かに写真は少ないなあ」
パラパラとめくっていくと、カツ丼のページに手書きのメモが挟まっていた。
「あれ、これ誰の字だろう」
「母さんの字にしては達筆すぎるというか…母さんのお母さんの字かな」
「え、おばあちゃん?」
菜月は母方の祖母には会ったことがなかった。
母が高校生になったばかりのころに亡くなってしまっていたのだ。
「おばあちゃん、こんな字を書く人だったんだ…」
そのメモには、筆圧の低い、丁寧な字で書かれたカツ丼のレシピが記されていた。
「あ、この“を”の書き方、母さんと同じだ」
「菜月…マニアックだな…」
「ねえ、今日はこれでカツ丼作ろうよ、ちょっと豚肉買ってくる」

久しぶりの父との買い物を済ませ調理開始、のはずが早速問題発生。
「ねえこれ、全然分量が書いてないんだけど…」
「じゃあこっちの本のを参考にすれば良いんじゃないか?」
「なるほど」
祖母のレシピと、料理本を広げ、腕まくり。
「じゃ、父さんは油温めて」
「了解……なあ、油って何度?」
「え、知らないよ、っていうか温度計なんて無いし」
「うーん困ったなあ」
「あ、なんか書いてある」
祖母のレシピを拾い上げる父。
―油は菜箸から泡が出てくるくらいになったら適温―
「「なるほど!」」
二人であれこれ言いながら、なんとか豚カツが完成。
「もうこれ食べるか、うまそうだし」
「だめ!もう卵溶いちゃったもん」
「あ、卵、あんま混ぜるなって書いてあるぞ」
「え?あ、本当だ。」
―卵は混ぜすぎない、目指せトロトロ!―
「なんかかわいい」
ここで、祖母のレシピにはじめて調味料の分量に関するコメントを発見。
―砂糖はスプーン一杯分多め―
「ま、子供は甘口が好きだからな」
「母さんも、子供だったんだね」
―卵は火を止めてから投入―
「トロトロ目指すんだもんね」
絶対に使い切れないのにどうしてもと父が買った三つ葉を乗せ、ついに完成。
「「いただきます!」」
「おお、お、美味しい!」
「これはうまい!」

「今まで一生懸命、手順通り作ってうまく行かなかったのに、なんで今日はこんな手順もあやふやで、ちゃんとできたんだろう」
「やっぱり、知ってる味だからじゃないか」
「どういうこと?」
「このカツ丼、母さんが作ったのと同じ味だ」
「そうかも…」
「知ってる味、食べたい味、そういうのは美味しくできるんだよ」
「私、確かにこれ、食べたいって思って作った…」
「やっぱり、ごはんは食べたいものを作らないとな」
「そっか…」

母が帰ってから例のレシピのことを聞くと、祖母が旅行に行ったときに、母のために書いたレシピだったそうだ。

今も昔も、料理のレシピの基本的な部分は変わっているわけではない。
食べたい物があって、食べさせたいものがあって、それをもっと美味しく作るために、作ってもらうために、レシピがあるんだ。
これからは、母の料理で特に美味しい物の作り方を教えてもらおう、そしていつか自分の子供に食べてもらうために、レシピを書こう、そんなことを菜月は思った。


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