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路地裏さん

短編を書く人です。 少し不器用で、時に残酷で、愛しい人達の物語を綴っていきたいです。

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教えて、ミチル。

19/05/17 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 路地裏 閲覧数:178

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 ミチルはこの場所を酷く気に入っているようだった。彼女がここへ通う理由は大体予想がつく。彼女は私を含むクラスの全員を見下しているからだ。ここへ来れば大人にでもなったつもりなのだろう。外見に恵まれていて勉強もできるのだから、あとは愛想よくすればいいだけの話なのに。窓ガラス越しでも分かる彼女の美しく長い髪の毛は、私を惨めな気持ちにする。
 私は友達に「また遊ぼうね」の後ろに楽しげに笑う黄色い顔の絵文字を添え、メールを送る。よく使う絵文字は履歴に残っているから便利だ。私は友達とお揃いで買ったつばの広い麦わら帽子を、さらに深く被り店内へ入った。
 近づいてきた女性の店員に「一人です」と伝えると、運の悪いことにミチルの真後ろの席へ案内された。私はすれ違い様につばの下からミチルへ目を向ける。細く長い指先でコーヒーカップを持ち上げる仕草が様になっている。もう片方の手で、ページが捲れないように本を押さえている。私はため息をつきながら、腰を下ろす。背中合わせの彼女に気づかれないように、彼女と同じものを注文した。
「ミチルちゃん、これサービスね」
年配の男性の声が後ろから聞こえてくる。店主と思われるその男性は、ミチルのテーブルに何かを置いた。
「今日は何を読んでいるんだい?」
「レシピ本。お菓子の」
「文字ばかりだから難しい本なのかと思ったよ」
店主の言葉に大きく頷きながら、私は自分のテーブルへ届けられたそれを口にする。苦味が口内に広がる。テーブルに置かれている角砂糖には手を伸ばさなかった。
「こういう本買ったことがなくて、とりあえず分厚い本を選んでしまったの」
「ミチルちゃんらしいなぁ」
それには同意せず、私は黙って二人の会話を聞く。
「ねぇ、おじさん。友達の作り方っていうレシピ本ってないのかしら」
「う〜ん。レシピ本はないだろうなぁ」
「お菓子はレシピ通りにやったら作れるのに、友達はそうはいかない。答えがないもの。私には向いていないみたい」
ミチルは大きくため息をつく。
「お菓子だって作るものによっては材料も手順も違うだろう。同じお菓子だって、作り手によっては全然違う方法や手順だったりするんだよ。君が読んでいるそのレシピ本は、それを作った人が辿り着いた答えなんだ。美味しくとも、正解とは限らないんだよ」
「でも答えに辿り着けているのだから問題ないじゃない。なんだかズルイわ」
ズルイだなんて、ミチルも思ったりするものなのか。私は頬杖をつきながら外の景色を眺める。
「それで、何でお菓子のレシピ本を読んでいるんだい?」
それは私も気になっていた。教えてよ。
「友達が甘い物が好きって言っていたから。友達と呼んでいいのか分からないけれど」
「なるほど。お菓子を作ってプレゼントしようと思ったんだね」
先程メールを送った友達から返信が来ていた。今日撮ったプリクラの中の私は百点満点の笑顔を浮かべている。
「その友達、きっと私のことを見下しているの。私は友達がいないから、可哀想に思って仲良くしてくれているんじゃないかしら。それでも私嬉しかったの」
そのプリクラを見て、私は今日も上手くやれたのだと安堵し、携帯を鞄の中へ放り込んだ。
「ミチルちゃんは既にレシピを書き始めているんだよ。まず、友達の喜びそうなことを調べる。そして実行に移す。それはミチルちゃんにしか書けないものなんだよ」
「正解がないから?」
「正解がないし、正解とは限らないからね。君は今日はなんだか楽しそうに見えるよ」
「楽しいかもしれない。彼女のことを考えると、自然とにやついてしまうの。こんな顔彼女にはとても見せられないわ」
ふぅん。ミチルは今にやついているのか。ちょっと見たいかもしれない。
「ミチルちゃんが自分だけのレシピ本を書き上げられるように、ココアのおかわりもサービスしちゃおうかな。それともたまには大人のコーヒーでも飲んでみるかい?」
「コーヒーは嫌。大人にはなりたいけれど、私はやっぱりココアが好きなの。苺のショートケーキもね」
カチャカチャとフォークが皿に当たる音が聞こえる。先程店主が持ってきたものは、ミチルの好物だったらしい。
「……書き上げたいなぁ」
後ろから聞こえてくるミチルの声は、なんだか子供っぽい。私もココアにしておけば良かった。そんなことを思いながら、私は角砂糖を一粒、コーヒーカップに沈めた。


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