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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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秘伝のレシピ

19/05/17 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 待井小雨 閲覧数:224

時空モノガタリからの選評

最後まで明かされない秘伝の料理と女たちに翻弄され、正体の分からないものに対する妄想と欲望が膨らんでいく過程が面白かったです。そのものの正体が分からなければわからないほど、きっと私たちはそれを確かめたくなってしまうのでしょう。蜃気楼のように不確かな何かを求め、彷徨いながら生きる私たちと、主人公の人生が重なって見えました。

時空モノガタリK

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 結婚記念日に妻が見たことのない料理を作ってくれた。
「母から教わった秘伝のレシピなの」
「へえ」と大した興味もなく口にしたそれは、しかし信じられないほどに美味しかった。これまで食べてきた物とは次元が違うと言っていい。味も薫りも素晴らしく、僕はこの料理の虜となった。
 特別な日にしかあの料理を作らない妻に、僕は普段も作ってくれるようせがんだ。しかし妻は「特別な料理だから」と取り合ってくれない。
「どうか僕にも作り方を教えて欲しい」と頼んでも、妻は「大事に受け継いできた味だから」と首を振った。
 代々母親から娘へ教え継いできたものだと言うので、僕は車を走らせて妻の母親に会いに行った。なりふり構わず頭を下げて教えを乞う僕に、しかし義母はやはり「教えてあげられないわ」と答えた。
「あれは秘伝の料理だから」と。

 僕らにはなかなか子供ができなかった。不安がる妻を「焦らなくていい」と慰めながら、しかし僕は異なる不安に苛まれていた。娘にしか受け継がれないというあの料理が、このままでは絶えてしまう――。
(どうか、女の子を)
 そう、強く祈って日々を過ごした。
 そして待望の娘が産まれ、僕は空に向けて歓喜の声を上げた。
 
 娘は成長する。言葉を覚え幼稚園に入り、小学校に上がる。
 娘の入学祝いに妻はあの料理を作った。夢中で食べる私の横で、初めて食べる娘も「おいしい!」と喜んでいた。
「いつか教えてあげるからね」
 その言葉に僕は期待に胸を膨らませた。これまで、あの料理に何が入っているのか分からずにいた。材料も調味料も、なぜか分からないのだ。あれを前にすると食べたいという欲求に満たされて、食べている間はただ夢中で、食べ終わるととにかく美味かった、ということしか残らない。
 娘に料理を教えるところを見られればこの疑問が晴れる――その日を待ち望んでいたある日、娘が「誕生日おめでとう、パパ!」と僕の前に皿を運んできた。
 それは、あの料理だった。
「ママと一緒に作ったの。パパのお誕生日だから頑張ったんだよ」
「えっ、え――?」
 料理を指さし、娘を見、妻を見る。動転していた。
「あなたったらそんなに驚いて」
「えっ――だってまだりんごの皮も剥けないって言って……え……?」
 そんな、と嘆きたい思いを必死で押さえる僕に、娘は元気よく答えた。
「内緒で特訓したんだよ」
「私の娘だもの、他のどんな料理よりも先にこれが作れるようにならなくちゃ!」
 得意げな二人に置き去りにされる。僕はまたしてもこの料理のレシピを知ることが叶わなかった……。
 暗くなった気持ちの中でも、娘の作ってくれたあの料理はやはりこの世のものとは思えない味わいで、僕は我を忘れて夢中で食べた。
(そうだ)
 空になった皿に向けて、……知りたい、と呟く。
(子どもなら口を滑らせてくれるかもしれない)
 妻のいない隙を狙って娘に訊いた。
「あの料理、パパにも教えてくれないか?」
 すると娘は「駄目だよ」とこともなげに言う。
「だって、秘伝のレシピだもの」
 ――とん、と軽く、けれど確かに突き放されたような心地がした。……そうか、駄目なのか。そうか……。
「パパ?」
 首を傾げる娘に「いいや……」と返すので精一杯だった。

 娘が結婚し家を出た頃、病が見つかった。
「ママが死んでから沈みがちだったし、心配だよ」
 二年前に妻が亡くなった。愛しい者を失った喪失感の中に、あれを作れる者が減ったことへの悲しみがあった。駄目な夫だったな、と悔やむがあの料理への執着は未だ消えない。
「なあ、お母さんに教わったあの料理を作ってくれないか」
「駄目よ、あれは特別な料理だから。――でも、そうね、退院したらお祝いに作ってあげる」
「本当か! 絶対だぞ」
 私はその日から懸命に自分の体を治すことに集中した。
 ――だが病は重くなる一方で、私の命はどんどんと死へと近づいて行った。
「手は尽くしましたが……」
 薄れる意識で医師の言葉を受け止めた。悲しむ娘を手を彷徨わせて呼ぶ。これでお別れなのは悲しい。悔しい。だけどこの命の炎はもう自分では燃やせない……。
 そう諦める一方で、手放せない欲がある。私は娘に縋り付くと、「あれを」と言った。
「食べたい……知りたい……」
 最期の願いだ。あの魅惑の料理は何だったのだ。信じがたい程の執着を私の生涯にもたらしたあれは、一体何なのだ。
 娘は私の手を包むと、ふ……と息を吐いた。
「駄目よ」
 ――そのゆったりと落ち着いた声音。
 ふいに空恐ろしさが駆け上り、像を結べなくなった目を見開く。
 ――あぁきっと今娘は、妻のように微笑み義母のように困り、そしておそらく彼女ら一族の女たちと同じ顔をしている。
 そして紡がれる言葉はけして変わらない。

「だって、秘伝の料理なんだもの」


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