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森音藍斗さん

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秘蔵のレシピは誰の手に

19/05/13 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 森音藍斗 閲覧数:134

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「レシピが、ないんです」
「レシピがないとはどういうことだ」
 僕は分厚いポケットファイルの、最後に近いページを開いて見せた。何も入っていない、空っぽのページがはらりと垂れ下がる。
「中身は全部確認しました。ないのは唐揚げのレシピです」
 藤堂先輩は、クリアファイルを取ってぱらぱらと捲ると、ふむ、と頷いた。
「確かに無いな」
「盗難、でしょうか」
「……だとしたら、かなり面倒なことになるぞ」
 先輩が顔を顰める。先輩は、僕より二年長くここでアルバイトをしている専門学校三年生だ。来る四月から社員として採用してもらえることが決まっているらしい。このレシピ集も、てっきり見せてもらえているものだと思ったのだけど。
「お前、このファイル見ていいって言われたのか」
 ぎくりと体を強張らせる。
「は……はい、料理長に」
「羨ましいな。俺なんか、入社まで待てって言われてるのに」
 料理長はお前を随分買っているようだ、という先輩の言葉に申し訳なくなる。
「それより、失くなったページですよ」
「そうだ、これは大ごとだぞ」
 看板メニューのオリジナルレシピが盗まれたとなれば、店の経営に関わる。犯人は、ライバル店の料理人か、それとも転売業者か。
「でも、うちの店セキュリティはしっかりしてますよね」
「施錠はいつも料理長だしな」
 外部者の侵入が考えられない、ということは。
 僕と先輩は顔を見合わせる。
 僕たちは、あまり嬉しくない事態に陥っているようだった。



 調理スタッフは僕と先輩を除けばあと三人。料理長と、社員さんがふたりだ。
 僕らは更衣室の隅で声を潜めて話していた。
「料理長は無しな。自分で自分のものを盗むなんて」
「斎藤さんは?」
 斎藤さんは刺身のお造り担当の調理スタッフで、五十がらみの男性だ。勤続歴も料理長の次に長く、料理長の右腕とも親友とも呼べるだろう。
「斎藤さんが唐揚げ盗んでいいことはないだろう」
「動機の問題ですか。確かに、魚を捌いて生きてきた人間が今から唐揚げ作っても、ですね」
「それもだし、料理長と仲が良い。他の店に移るとは思えないし、レシピを売るとも思えない」
「確かに。じゃあ、河野さん」
 河野さんは揚げ物を担当している三十代前半の女性で、人手が足りなければ揚げ物だけじゃなく煮付けからサラダまで何でも作る器用な人だ。
「河野さんは有り得ない」
「どうして?」
「河野さんは唐揚げのレシピなんて頭に入ってるじゃないか」
 そうだ。揚げ物を担当して一年の河野さんが、今更レシピを必要とするわけがない。
「じゃあ、誰でしょう」
 議論が行き詰ってしまった僕らは口を噤む。
「……先輩」
「何だ」
「先輩じゃないんですか、盗んだの」
「馬鹿言え」
 焦ったように先輩が、レシピ集の表紙をばんと叩いた。
「だって、消去法で言ったらそれしかないから」
「俺は四月に採用されたら、レシピなんて幾らでも見せてもらえるんだ。そういうお前こそ犯人じゃないのか、消去法で言えば」
「ぼ、僕じゃないですよ!」
「証拠は?」
 僕は必死で頭を巡らす。
「まず、僕が犯人なら先輩に相談しないです」
「犯人が第一発見者を装って疑惑から逃れるのは常套手段だ」
「それに、僕は昨日シフト入っていなかった」
 その事実を突きつけると、先輩は勢いを失って、また沈黙が訪れた。
 そのとき、
「始業の時間だけど、何してるの」
 突然更衣室のドアが開き、料理長が顔を覗かせる。僕らは慌ててファイルを隠すが、もう遅い。
 目敏くそれを見咎めた料理長は、怒るでもなくやんわりと、僕らに向かって言った。
「そのファイルがどうかしたのかな」
 本当のことを言うか少し迷った。一緒に働いている誰かの中に、窃盗犯がいるかもしれない。
 でも、そもそも隠すようなことではなかったのだ。バイトの僕らで解決するようなことではなく、料理長が裁くべきことだ。僕らは正直にレシピの紛失を打ち明けた。
 料理長は、ほう、とちょっと驚いたように言う。
「バイトの君たちにはレシピ見ていいって言ってないつもりだったけど、持ち出したのはどっちかな」
 先輩がぎろりと僕を睨む。僕は言い訳が思いつかない。
「ええと、あの」
「とりあえず今日は仕事に入ってね。君の処分は後で考えよう」
 料理長は、藤堂先輩の話し振りと態度から、僕の単独犯であることを察したようだった。
 先輩、短い間でしたがありがとうございました。
「あの」
 更衣室を出る直前、声を上げたのは藤堂先輩だった。
「失くなった唐揚げのレシピは結局」
 料理長は振り返り、ウインクをしながら人差し指で自分の頭をこんこんと叩いた。
「フェイクって役に立つんだねえ」
「じゃあ、このファイルの中身って全部……」
「出鱈目だよ」
 僕は腰が抜ける思いでそれを聞いていた。


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