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本宮晃樹さん

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堂々たる失業

19/05/04 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:196

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「なぜだ」筋金入りのリバタリアンである森村氏はテレビのモニタを前に愕然としている。「なぜこいつらは元号の変更にこうも浮かれ騒いでるんだ」
 なんであれシステムの変更には多大なコストがともなう。たとえばOSの半強制的なアップグレードというのがあった。企業の都合で旧OSは新OSに置き換えられることになり、慣れ親しんだ旧バージョンにこだわるユーザーは、執拗にアップグレードを推奨してくる運営側と徹底的に戦わねばならなかった。
 あのときは多くのユーザーが運営側を批判したものだ。ではなぜ元号の変更は誰も反発しないのだ? そうするだけの理由があったOSのアップグレードとはちがい、今度の騒ぎは単なる日本のローカルな事情にすぎない。そんなことのために印鑑やら各種ソフトやら役所のフォーマットやらに全面的な改定をしなければならないのだ、ほかでもない国民の税金を使って!
「もう我慢できん」森村氏は液晶モニタをレンチで叩き割った。「いまこそ動き出すべきときだ。俺が国家を解体してやる」

 規制緩和をマニフェストにした森村氏は保守派層からの支持を得て徐々に知名度を上げていき、三回めの選挙で下馬評を覆して当選した。伝説となった彼の当選演説は以下の通りである。
「わたしの目標は失業することです。究極的に必要なのは市場だけです。国家は市場のメカニズムに横槍を入れるだけの障害物にすぎません。なにかを禁止すれば闇ルートができて治安をむしろ悪化させる。警察、司法、教育、その他の公営サービスに及第点をつけられるものはひとつもない。お前らのためだという父権主義的な理由で強制的に割高な保険に加入させられる。なぜこんな蛮行がまかり通っているのでしょうか。わたしは宣言します。すべてを市場にゆだねる無政府資本主義社会を実現すると!」

 道のりは険しかった。利権に凝り固まった特殊利益団体の反撃はすさまじく、彼が生きているあいだにマニフェストの達成は困難であるように思われた。それでも森村氏は諦めなかった。やれるところから確実に。
 地方と中央の財源を分離し、地方自治体のざるな運営を改めさせた。
 古くさいケインズ主義的な公共事業のばらまきは廃止された。零細建設業からの猛反発は次の一言で沈黙させられた。「国民の税金を再分配されなきゃ経営できない会社。これが民間企業と言えるのかね」
 政府がやる必要のない公営サービスは即座に廃止された。ギャンブル、スポーツジム、その他いろいろ。
 参議院廃止の動議が提出され、僅差で可決された。
 実験的に警察業務を民間の警備会社に委託する自治体が現れた。
 裁判所の政府独占が解禁された。
 大手ゼネコンが大規模に資本を募って道路建設事業に参入すると発表した。
 輸入関税、関税割り当てが撤廃され、日本は自由貿易国家に生まれ変わった。
 大幅に議員定数が削られた(いまや立候補するのは森村氏と同様、将来的に国家解体を目指すリバタリアン一辺倒であった)。
 こうして徐々にだが確実に、日本政府は縮小していった。

「俺も歳をとった」いまや森村氏は総理大臣五期めを務める大ベテランである。「ここに俺が若いころ構想した〈自由へのレシピ〉という紙切れがある」
 老人は懐からすっかり日焼けして黄ばんだ紙切れを取り出す。その内容は次の通りである。
〈治安維持〉〇〈司法〉〇〈インフラ〉〇〈金融政策〉〇〈財政政策〉〇〈社会保険〉〇〈医療〉〇〈教育〉〇〈天皇〉〇〈国防〉
「周知の通り、〇のついている分野は民営化されたか廃止された。政府は内閣だけになり、日本政府は名実ともに存在しないに等しい」
 閣僚たちは厳かにうなずいた。彼らも老人と同じく、失業を目的に入閣した口だった。
「残るは国防だ。これだけは純然たる公共財なので今日まで残ってしまった。これさえ民営化できれば事実上、政府は完全に市場と同化するだろう。自由という料理が一丁上がるわけだ」
 閣僚たちは厳かにうなずいた。
「だがいったいどうやって金を払った人間にだけ国防サービスを提供し、タダ乗り野郎を排除すればいいのか。侵略国にサービスを購入してないやつだけ攻撃してくれとでも頼むかね」
 控えめな笑い声。
「結論。この分野の民営化は不可能だ」さっと手を掲げて場を鎮める。「とはいえ民営化だけが能じゃない」
「で、結局どうするんです」と副総理。
「俺たちの夢はなんだったかな」
「最終的に失業することです」
「ではそれをしようじゃないか」
 副総理の顔に理解の色が浮かんだ。「そうか! 外交主体がなくなれば宣戦布告できないし、戦争を始めるのなんて論外だ」
「その通り」森村老人はせき払いをした。「ただいまをもって第五期森村内閣を解散する。この瞬間、欠けていた〈自由へのレシピ〉は満たされ、日本人は国家から真に解放されたのである!」


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