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母の作る卵焼き

19/05/02 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 flathead 閲覧数:191

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 私は卵焼きの作り方を知っている。
 しかし、そのレシピ通りに作っても母が作る卵焼きの味には到底叶わないだろう。それはふんわりと柔らかく舌で解け、卵自体の甘みとでも言うのだろうか、安易に砂糖には頼りませんよと言わんばかりの味。それが口いっぱいに広がって幸せな気分になる。けれどそんな微かな幸せの味を私はもう味わうことができない。
 母が急死した。原因は過労によるもの。
 私達家族はたった二人だった。私と、母の二人。父はいない。私が物心つく前に家を出て行ってしまったらしい。それ以上のことは聞いても教えてはくれず、「舞衣が大人になったらね」が口癖の母だった。そんな二人だけの家族だったが幸せは確かに感じていた。しかし残念なことに幸せだけで腹がふくれることもないので、母は複数のパートを掛け持ちして生計を立てていた。夜更けに一度帰ってきて、私の朝食を作り、そしてまた仕事に出る。夕方、私と共に夕食を食べて、また仕事に出る。そんな生活を繰り返していて体を壊さない方が無理というものだ。私は母の気丈さに憧れるばっかりで彼女の心配などしていなかった。「母は強い女性である」その一言で全てが片付くものだと本気で思っていたのだ。
 そうしては母はこの世を去った。
 私は母との夕食での会話を思い出す。

「お母さんの卵焼きってなんでこんな美味しいんだろうね? この前、咲ちゃんとお弁当交換こしたんだけど、なーんか違うんだよねぇ。私が一人で作ってもこんな味にならなかったし。ねぇお母さん教えてよ。秘密のレシピ、あるんでしょ?」
 お母さんは満足そうに笑って
「うーん、そうね。確かに秘密の隠し味はあるわよ。でもまーだ教えられないかな。舞衣がもうちょっと大人になったら教えてあげる。花嫁修行の一環としてね。……ああ!もうこんな時間!お仕事行かなきゃ!食器片付けといて〜」

 別にこれが母との最後の会話だったわけではない。しかし今、私の心に残っている言葉がこれなのだ。
「何時つけてくれるのさ。花嫁修行……」
 私はキッチンのシンクに両手をついて一人、言葉を漏らす。
 コンロに佇むフライパンの上には一塊の卵焼きが綺麗な楕円形を為している。
 菜箸で一口分に切って口に運ぶ。普通の卵焼きの味。何かが物足りない卵焼きの味。
 私は卵焼きの作り方を知っている。
 しかし、私にはその卵焼きをこれ以上食べることができなかった。


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