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バルジリスさん

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継承されるレシピ(想い)

19/05/02 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 バルジリス 閲覧数:171

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 私にとってレシピとは記憶であり、想いである。継承される想いである。祖母や母から子や孫へ、師匠から弟子へ、そして先生から生徒へ。継承されていくのは、調理の方法だけでなく、その調理法に詰まっている記憶や想いもまた、継承されるのだ。
 例えばの話だ。私の祖母の母はとても高野豆腐の煮物が美味しかったらしい。味のベースは醤油で、昆布と鰹出汁の煮物。その味を祖母は受け継ぎ、そして母が受け継ぎ、私も受け継いだ。今はとても暮らしが便利になり、調味料などがかなり簡略化され、改良されてはいる。だが、煮物のレシピは変わらないし、多少調味料が違おうと、調理器具が進化しようと、味の根幹になる組み立て方は変わらない。どんな思いで、何を考えてこういう味の組み立てをしたのだろうかと思いをはせることがある。
 曾祖母の時代には、今のようにそんなに美味しいものは無かっただろう。だけど、その中で家族に少しでも美味しいものを食べさせようと、鰹節や昆布、醤油の量や煮込む時間などを考えて味を組み立てていったのだろう。そこに、どんな努力があったのだろうか。どんな想いが込められていたのだろうか。
 曾祖母の煮物と、私の煮物。第三者が味を比較すれば、恐らく私の方が美味しいと思う。やはり、時代が違うから。味覚の好みや、材料の味も改良されている。だが、曾祖母からレシピを受け継いだ私からすれば、曾祖母の味を越えることは決してできないと思う。曾祖母の時代に、今でも通じる調理の方法、つまりレシピを組み立てたのだ。それはすごいクリエイティブで、ロジック的な考えがなければできないだろう。そして、この煮物に込められているべき愛情もまた、曾祖母の物と私の物は違うし、曾祖母の方が深い愛情を込めて煮物を作っていたのだろうと思う。私は、一から煮物の味を組み立てるなどできないから。
 小さかった頃の私の娘に、私と母が煮物を作ったことがあった。娘は一発でどちらが私で、どちらが母が作った煮物か当ててみせた。どうしてわかったのかと聞けば、私の方は普通に美味しくて、私の母の方はものすごく美味しいからと言った。娘の少ない語彙力で、私より母の方が美味しかったと言ってみせたのだ。
 まだ、お母さんにはかなわないなぁ。何て母に言えば、それは違うと言われた。私の方が長くこのレシピに触れあっているから、美味しいのは当たり前。でも、あなたは子供の口に合うようにレシピを変えたりして、レシピを応用して見せた。それはすごいことだよと褒めてくれた。もう大人だが、母に褒められるのはとても嬉しいものだ。
 レシピとは、継承されていくものだ。だが、その中で少しずつ変わっていく。記憶が薄れて行って、変わっていくように。根幹は変わらずとも、やはり変わっていくのだ。醤油の種類、高野豆腐など具材の質、出汁の取り方。そういう変化が、大まかな味を変えていく。
 私の娘が大きくなり、作ったった煮物を食べてみた。美味しいが、まだまだだ。私も、この煮物の記憶を継承する時が来たんだなと思うと、なんだか感慨深い。こうやって出汁を取って、醤油の量はこれくらい。そして具材の切り方はこう。そんなふうに教えていく。
 きっと、娘も子供に、私まで続いた煮物のレシピという名の記憶を受け継いでいくのだろう。私が煮物の根幹をどう伝えるのか。それが私の宿題だろう。そして、娘の中で、どうレシピが変わって、どう味が変わるのか。それが楽しみでもある。
 きっと、娘は娘なりの想いを付け加えて、煮物を作ってくれるのだろうと信じている。

 レシピとは、継承される記憶である。受け継ぐ人がいる限り、そのレシピに込められた想いや記憶は消えることは無いだろう。


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