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若早称平さん

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命よりも大切なもの

19/05/01 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 若早称平 閲覧数:168

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 僕は江戸時代から骨董品屋で働いている。長らく働いていると思い入れのある品はもちろん、印象深い客との出会いもある。今日はその中の一人の話をしよう。

 掛橋は初めて店を訪れてから月一回くらいのペースで来店している。まだ若いわりに高額の商品を購入していく男だった。最近知ったのだが、彼は有名なプロ野球選手だったらしい。あまりテレビを観ず、世間に疎い僕に「俺を知らない奴がまだ日本に居たとは驚きだよ」と彼は本当に驚いたように言った。彼のその言葉は傲慢ではなく、日本中で知らない者のいない程の選手だったようだ。
 彼はいつも通り店の中の品々を眺めるように見て回り、そのあとで僕になにか珍しいものはないかと尋ねた。
 僕はうーん、と頭をひねる。これまでに購入したものから、彼の好みは熟知していたつもりだ。彼に限らずスポーツ選手によく見られる傾向だが、芸術品よりも都市伝説のような曰く付きのものを好む。この手のものは当然稀少であり、ちょうどこの時彼に紹介できるものがなかった。
「そうですね、掛橋選手にはご贔屓にして頂いていることですし、そろそろ当店のとっておきをお出ししてもいい頃合いかもしれません」
 僕のもったいぶった態度に食いついた掛橋は腰を浮かせて身を乗り出した。いつものように彼に対面して座り、机の上に品物を置く。桐の箱の蓋を開けると、中には古い巻物が入っていた。
「これは?」
 掛橋が舐め回すように巻物を見る。僕は彼の品物にすぐに触れようとしないところに好感を持っていて、それで長い付き合いができていた。
「不老不死のレシピです。こちらは非売品でレンタルになりますが」
 僕が言うと、掛橋は鼻で笑った。笑いはだんだんと大きくなり、しまいには外まで聞こえるくらいの豪快な大笑いになった。
「あんたの店は面白いものが多い。雨を降らす龍のウロコだとか、千里先を見られる筒だとかな。若いのにどっからこんなに集めてくるんだと不思議に思ってたんだ。でも不老不死はさすがにない。そんなものがあったら誰も彼も使ってこの世はおかしくなっちまう」
 僕は巻物をそっと両手で箱から取り出して広げた。
「これは今から千年以上前に書かれたものです。当時としては材料を集めるのに一生の時間を費やしたかもしれません。それがかつて誰しもが使えなかった理由です。今ではその材料を手に入れるのはそんなに難しいことではありません。問題は最後の材料です」
「最後の材料?」
「そう、最後に自分の命よりも大切なものを差し出さなければいけないんです。お客様の場合でしたら、野球ですかね」
「不老不死と引き換えに二度と野球ができなくなるってことか?」
「その通りです」
 掛橋は終始にやにやしていた。レシピのことを信じてないのだろうと思っていた。
「だったら俺はいらねーな。野球ができなくなるくらいなら死んだ方がマシだ」
 不敵に笑う彼はその言葉通りなにも買わずに帰った。このレシピを使えるものはそう多くない。掛橋のような理由の他に、そもそも本当に命より大切なものなどないという者が多いからだ。

 掛橋が血相を変えて店に飛び込んできたのはその三年後だった。その時の彼は結婚したばかりで、選手としても絶頂期を迎えていた。
「前に話していたあのレシピは自分以外にも使えるのか?」
 息を切らしながら掛橋が言った。今朝彼の妻が交通事故に遭い重傷だそうだ。病院では現在も困難な手術が続いているが、レシピのことを思い出した彼はわずかな望みに賭けてここにやってきたらしい。
「もちろん使えます。さあ、急いで持って行ってください。特別に必要な材料もお譲りしましょう」
 三年前には鼻で笑った巻物を彼は涙を流しながら受け取った。何度も僕に頭を下げる。
「お代もあとで構いません。ただ、以前も言った通りあなたは二度と野球ができなくなります」
「そんなことどうだっていい。また来る!」
 最後に深く頭を下げ、彼は店を飛び出した。なるほど、と残された僕は一人で納得する。命より大切なものが二つあれば、人はこのレシピを使うのか。

 数日後、約束通り彼は店に現れた。その後ろには不老不死を得たであろう彼の妻が彼の車椅子を押していた。両足が動かないのだという言葉とは裏腹に彼は清々しい表情をしていた。彼が最大限の謝辞とともに差し出した鞄の中にはぎっしりと札束が詰まっていた。多過ぎです、と言っても彼は頑として受け取らない。
「でしたらサービスとして、僕の話をしましょうか。これからのお二人にも、特に奥様には深く関係のある話ですし」
 自分のことを人に話すのは久々のことだった。店の奥に二人を案内しお茶を運ぶ。
「さて、僕が不老不死になったのは今から四百年以上前のことです。僕が当時命よりも大切に思っていたお館様が炎に包まれるお姿は今でも目に焼き付いております……」


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