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hayakawaさん

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パスタ

19/04/29 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 hayakawa 閲覧数:170

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 マンションの一室にはテーブルが置いてある。半年前にお付き合いをしていた女性から譲り受けたものだ。その女性とは大学時代に知り合い、四年付き合っていた。そのテーブルは彼女が僕と暮らす時に一人暮らしの部屋から持ってきたものだった。

「ねぇ、私たち別れない?」
 ある日唐突に彼女は言った。当時の僕はどうして彼女がそういうのか理解できなかった。
「そんな……。お前と結婚を考えていたんだ」
「その言葉は嬉しいけど、ごめん」
「俺は別れたくないよ。本当の気持ちだ。俺は今でもお前のことを愛している。俺の悪いところを言ってくれ。いくらでも直す」
「ごめんね」
 そう言った彼女は荷物を作り、僕らの部屋から出て行った。僕は一人悲しみに暮れた。彼女のことを愛していたはずだった。それは若い頃の好きという感情以上の気持ちだ。
 僕は街をその日の夜、歩いた。やけに明るい夜だった。月の光が眩しく、世界をわずかに照らしていた。心地よい秋の風が体を覆った。
 それから二か月後、僕は彼女と偶然すれ違った。彼女の隣には僕ではない違う男がいた。僕は声をかけずに通り過ぎた。
 僕が愛した彼女は綺麗に笑っていた。悔しくて僕はマンションで泣いた。怒りから、テーブルを壊そうとしたが、彼女のことを思い出してやめた。
 彼女には僕じゃ駄目だった。でも僕は愛せるくらい素敵な女性と生きることができた。そのことに感謝しよう。テーブルは思い出だ。
 
 夜になり、彼女の残したテーブルの上で缶チューハイを飲んだ。夜の闇が際限なく僕を寂しくさせた。アルコールの酔いが体に回る。今でも彼女のことを思い出す。穏やかな幸せな日々だった。
 次の日、休日だった。僕は朝遅くに目が覚めた。キッチンへ行くとやはりテーブルが目につく。木目調のテーブルはどこか落ち着く。僕はテーブルの椅子に座った。彼女に会いたいという思いは募る。
 外のカフェに出かけて、コーヒーとトーストを食べた。外に出て、近くのスーパーで買い物をした。
 家に帰ると僕は昼ご飯を作ろうと思い、冷蔵庫からパスタの麺を取り出した。彼女の得意料理はそういえばパスタだった。
 僕はとてもおいしいパスタを作ってもらっていた。確かあそこにレシピがあったはずだ。
 僕は彼女が残していったノートを見つけた。そこには様々な料理の作り方が書かれている。
 僕はノートをぱらぱらと眺めた。彼女特有の文字で書かれた数多くの料理の作り方。僕は彼女が残した通りにパスタを作った。
 夜、暗闇のベランダで空に散る星を眺めた。きらきらと輝く星の粒が一面に空に散らばっている。穏やかな秋の風が辺りに広がっている。
 僕は彼女の残像とパスタの味、様々な追憶が脳内から景色の中に溶け込んでいくのを感じた。今にもつかめそうな彼女の面影は夜の闇に溶けていく。
 次の日、僕の携帯電話が鳴った。彼女からの電話だった。
「やあ。久しぶり」
「あのね。あなたに言いたかったことがあるの」
「何?」
「私の隣を歩いていたのは私の兄」
「そう」
「それだけ。じゃあ」
「ちょっと待てよ」
「何?」
「お前はどこにいるんだ?」
「言えない」
「教えてくれ」
「私はもうじき死ぬの」
 僕は茫然とした。
「今から会いにいくよ」
「ごめんね」
 僕は彼女から教えてもらった通りに電車に乗って、病院に行った。僕は病室のドアをノックした。そこにはニットを被った彼女がいた。
「ごめんね。本当は私が死ぬところを知らせずに私は死ぬつもりだった」
「いいよ。それより病気だったなんて」
「あなたと別れた時、私は余命宣告されたの」
「それは大変だったな」
「死ぬ間際になってあなたが私のこと勘違いしたんじゃないかって不安になって電話したの」
「そうか。昨日、お前の作ったパスタをノートを見て作ったんだ」
「どう? おいしくできた?」
「もちろん」
「ねえ、これで会うの最後にしない? あなたの悲しむ顔が見たくないの」
「今さら、そんなこと気にするなよ」 
「なんだか不思議だな。こうやって一緒にいると落ち着く」
「そう」
 僕はそれから彼女が死ぬまで、お見舞いに行った。彼女が死んだ後、僕はお葬式に行った。なんだか簡素で、彼女の死体が焼かれて灰になったのを見た。僕の目から涙が流れた。
 僕は悲しくなって家に帰ってパスタをもう一度作った。死んだ彼女のように穏やかな温かみのある時代だった。
 


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