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黒村聖羅さん

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失敗作

19/04/28 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 黒村聖羅 閲覧数:124

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 ーー貴方は悪くない。そう、全て私が悪いのよ。貴方は一生上手になんか作れない。だって貴方はーーーー。

「みのり、みのりっ!」
 フライパンの上で焼ける音、焦げた臭いで我に返る。慌てて火を止めた。
 またやってしまった。ポロポロとした卵は炭だらけになりもう料理とは呼べない。肩を落とし、やたら綺麗な丸い紙皿に茶色と黄色のスクランブル状になった卵を移す。スクランブルエッグを作ろうとしたわけではない。オムレツを作ろうとしたのだ。
 先ほどまで遠い母の顔がフラッシュバックしていた。完璧主義者の母は落胆した瞳でいつも私を見ていた。あの時は丸焦げになったホットケーキを乗せた皿を母におずおずと見せていた。手汗で皿を落としそうになっていた。
 だって貴方はーーーー。その先の言葉を忘れたことはない。
「もう一回、作ろうか」
 先ほどの紙皿をリビングに運んだ圭はにこやかな顔でキッチンに戻ってきた。
 ちらりとリビングのテーブルを見ると、紙皿で埋め尽くされもう天板の色さえ分からなくなっている。先ほどの皿で十三枚目だ。
「もういいよ。オムレツさえ上手に作れない。十三回、全部失敗」
 焦がすのは当たり前で、卵が平たい形状になったものは一つもない。すべてポロポロとしたスクランブル状になってしまう。
「コンビニで、何か買ってくるね。お腹空いたよね」
 手を洗い、鞄の中の財布を取りに向かうと、圭はきょとんとした。
「うーん、あの失敗作は、どうするの?」
「そんなもの、全部捨てるんだよ」
 圭は首を傾げると、キッチンからスプーンを取りだしてきて、失敗作の卵を救い上げ、それをひょいと口に運ぶ。思わず「あっ」と声が漏れたが時既に遅しだ。
 もったいぶるように咀嚼して、ゆっくり飲み込んだ圭を私はいたたまれない気持ちで見つめた。いつの間にか、あの日のように両手に汗が滲んでいた。
「これはこれで、おいしいけどなあ!」

 私はこれでも管理栄養士の卵なのだ。管理栄養士養成大学の三年生。しかし恐ろしいほどに料理が苦手だ。
 調理実習や給食実習では、私の担当した調理は必ず失敗する。献立は少なくても主食・主菜・副菜の構成から成り立つため、何か一つでも欠ければ栄養素を補うための献立として成り立たない。調理の際の廃棄率や、油で焼いたり揚げたりした際の給油率まで、細かく計算されているのだ。そのため、私が何か調理を担当すると、教授からの献立の総合評価が必ず下がってしまう。
 当然かもしれないが、いつしか私は自然と皿洗いしか任されなくなってしまった。
 栄養価計算や献立作成等の座学は苦にならないが、調理はどうしても上達しない。
 追い打ちをかけるように、初対面の人との自己紹介の場で、栄養科の学生であることを打ち明けると、必ずと言っていいほどの第一声が、
「じゃあ料理が上手なんだね」
 なのである。これは誤算だった。普通の大学生より、「栄養科の学生」という肩書きがあることによって、料理ができるという期待値が跳ね上がってしまう。

 ーー貴方は悪くない。そう、全て私が悪いのよ。貴方は一生上手になんか作れない。だって貴方はーーーー。
 頭の中でまたあの声が聞こえてきた。
 ーーーーだって貴方は、私の失敗作なんだから。

 完璧主義の母にとって、私は消し去りたい汚点だった。料理上手な母は私に料理の手ほどきをしてくれた。でも私は一向に上達の兆しが見られなかった。
「栄養科の大学にまで入ったのに……ごめんね、お母さん」
ダメな私でも、資格を取って自立したかった。そして母に認められたくて、栄養科を選んだのに。
 
でも、今度こそ成功してみせる。
 圭の広い部屋とは違い、私の暮らす1Kの部屋には小さなローテーブルしかない。それゆえ失敗作はあっという間にその天板を埋め尽くしてしまう。仕方なく増えていく失敗作を床にも広げていく。
 先ほどは何がダメだったのだろう? あいにくもう材料が残っていない。他の材料で代用できるのだろうか。
 ちゃんと作らなきゃいけない。こればかりは、完璧に作らなきゃいけないの。 
 圭の笑顔が瞼の裏に浮かぶ。圭はいなくなってしまった。私の前から突然いなくなってしまった。交通事故だった。
 でも、今度こそ上手く作れたら、圭だって喜んでくれる。また、笑顔で私に話しかけてくれる。母もほめてくれるはず。
 材料は拾い集めてきたの。どうして上手くいかなかったの? レシピを作るのだけは得意なの。あとはこの通りに、作るだけ。圭のレシピ。

「ねぇ、この失敗作は、どうするの?」
 ローテーブルの上で、失敗作が語りかけてきた。
「そんなもの、全部捨てるんだよ」


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