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本宮晃樹さん

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相対論的味つけ

19/04/28 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:140

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 太陽系で最高の腕前と評される料理人、パーシヴァル・K・ライアン氏は自己顕示欲の塊であった。この手のご仁はすべての人間に自分の価値を認めさせるのに人生を賭けるのも辞さない。
 昨今のように地球外生命との交渉がまれでなくなった時代であれば、その対象は当然人間以外にも拡張される。
「ブラックホール近傍で生活する宇宙人が発見され、彼らとのコンタクトがさかんに試みられています」インタビュアーはライアン氏にマイクを差し出した。「彼らが地球人の料理をぜひとも味わってみたいと主張しているのはご存じですか」
 若き天才料理人は厳かにうなずいた「そう聞いてますよ」
「彼らの舌を満足させる自信はありますか」
「当然です。ぼくの料理はいままでバーナード星人、タウ・セチ星人、その他いろいろのなんとか星人たちの舌を満足させてきました。なぜいまごろブラックホール星人なんかに尻込みしなきゃならんのです」
 こうしてライアン氏は使節団の一員に編入され、量子トンネルを潜って白鳥座X-1ブラックホールへと旅立ったのだった。

     *     *     *

 ライアン氏は眼前に展開する光景に度肝を抜かれた。絢爛豪華な星ぼしをきっかりシュバルツシルト半径分だけ円形に切り取った真の闇。その縁ぎりぎりに建設されたレール状のリング状構造物。これは人類が足がかりとして築いた簡易型ダイソン球であり、ホーキング放射を動力源にしている。
 使節団が指定された座標に着くと、ついに宇宙人が姿を現した。ライアン氏は連中を一目見た瞬間、これは一筋縄じゃいかないぞと覚悟を決めた。彼らは二足歩行型ではなく、それどころか炭素骨格型ですらなかった。ガス状生物、すなわち単なる気体だったのである!
 デバイスを介してピジン語でのやり取りがなされ、いよいよ彼の出番が回ってきた。
「どうです」料理人は最高級のステーキをジャブとして披露した。「ぼくの十八番です」
 ブラックホール星人たちはしばらく湯気を立てるステーキの上で滞空したのち、まるで下に汚物でもあるかのように距離を取った。デバイスによれば、『このがらくたはなんですか』
「ライアンさん、そう気を落とさないで」生物学者の女性が横合いからくちばしを突っ込んだ。「彼らが変成したタンパク質なんかに興味を示さないのは当たり前なんだから」
「なるほど」額には青筋が浮いていた。「なるほどね」
〈痛恨のステーキ事変〉を機に、戦いの火ぶたは切って落とされた。
 彼は誓った。なんとしても連中をうならせてやると。

 軒並み得意料理が全滅したところで彼は気づいた。まともなレシピなんかではだめだ。彼は女性生物学者の協力を得ながらさまざなメニューを考案した。
@ダークマターと反物質のごった煮
 ダークマター、反物質(アンチヘリウム)をガンマ線で照射する。反物質が電離してイオンになったら成功。※対消滅に要注意。
A陽子崩壊のたたき
 光速の99.9%まで加速させた陽子対を衝突させ、クォークに分離したら成功。※陽子崩壊は理論上のみの現象。
B重力波の踊り食い
 ブラックホールから放射される重力波を捕捉し、そのまま天然ものを提供する。※主食なので見向きもされなかった。
 これらのどれもが受け入れられなかった。使節団は解散となり、もっと与しやすい宇宙人とのコンタクトへ振り向けられた。
 料理人と生物学者だけが残った。二人は飽きもせず宇宙人に料理を提供し続ける。

「ねえ知ってますかライアンさん」滞在が二年めに突入したところで、生物学者がぽつりとつぶやいた。「あたしたちずいぶん年寄りになっちゃったんですよ」
 ブラックホール近傍は強大な重力によって相対論的な影響を被る。その結果、二人の主観時間と外部時間には食いちがいが生じる。彼らにとっては一年そこそこでも、太陽系では数十年ほども経過しているだろう。
「例の相対論効果か」料理人は目を閉じてレシピをあれこれ考えている。
 彼女はため息をついた。「いつまで続けるつもりなの」
「もちろん、あいつらの舌を満足させるまでさ」
 生物学者はにこやかに肩をすくめた。
「待てよ、時間か」料理人の表情が変わった。「連中は日常的に強大な重力にさらされてる。やつらにとっちゃ時間は極限まで希釈された薄味なんじゃないか」
 身を乗り出す。「それで」
「やつらが普段食べてるのは重力波だろ。でもそれは味が薄い。それなら濃い味つけをすればいい」
「そっか、彼らをブラックホールから離してやれば」
 力強くうなずいた「時間が速く流れる――すなわち重力の味が濃くなる!」

 苦節一年半(外部時間では五十四年)、ブラックホール星人たちの舌は満足させられた。
 二人はいま、とても満ち足りていた。たとえ彼らのことを覚えている人間が誰一人いなくても。


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