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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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夕暮れ前に焼き飯を食う人々

19/04/16 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:8件 クナリ 閲覧数:350

時空モノガタリからの選評

キャバレーの控室での日常の一コマの中に、様々な人生模様が詰まっていて読み応えがありました。「適当な奴が結局いつもゲラゲラ笑ってんの」「意味のある答えなんて、常に返してやると不幸になるんだよ」といった言葉が特に印象的でした。確かにこの世界には絶対的に正しい答えなどあるわけではなく、「適当」であるということは、しなやかにたくましく生きる知恵なのかもしれません。また主人公のノリカがソウタを気にかける態度も決して押し付けがましいものではなく、これもやはり「適当」な距離感を感じさせるものなのも興味深かったです。

時空モノガタリK

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 キャバレー勤めのまま三十路をとうに越え、腕や腹の肉が貫録を与えてくれるのは、いいやら悪いやら。
 この頃は、舌打ちが増えた。始終イライラしている気がする。

 昨夜の無茶な酒が体に残っている。
 まだ無人の店に入ると、初夏の十五時の空気は生暖かかった。
 掃除用具を出していると、裏口のドアから見知った子供が入って来た。私は、ち、と舌打ちする。
「あんたさ、今年で中学生でしょうが。今までみたいに頻繁に来るんじゃないよ」
 顔が隠れるほどの黒い前髪がうつむく。この店に勤めている、カンナの息子だ。名前はソウタという。
「こんちはー。ノリカさんお疲れっ」
 裏口からもう一人入って来た。最年少のキャストの、アイミだ。私はその張った肌に、胸の中で今日も舌打ちをした。
「あ、ソウタ君おひさー。ってどしたのそれ」
 アイミはソウタに近寄り、袖をまくった。二の腕に、紫や緑の斑紋。赤黒い擦り傷もいくつかある。
「これ、またあいつにやられたんでしょー。もう」
 アイミが救急箱を取りに行く。
 私はソウタの怪我よりも、それに気づかず、目端の利きでアイミに後れを取った屈辱の方に意識が向いていた。
 自分の息が酒臭い。

 カンナには男がいる。若くて適当な、この界隈での有名人だ。
 その男がよく、ソウタを殴っていた。そしてカンナは、それを止めない。
 カンナが、あの男がくれたという真珠のネックレス――確実に偽物の安物――を自慢していた時期がある。
 それをある日、ぱたりと着けて来なくなった。カンナいわく、
「子供につっかかられて、壊されちゃってさあ。むかつく」
 その悪し様な言い方をよく覚えている。
 放っておいても縋りついて来る息子と、追いかけなくてはその日にも消えてしまいそうな男。どちらの優先順位が上かと聞かれれば、カンナの答は決まっているのだろう。

 ふと、ソウタを見た。
 あの坊主は、腕の擦過傷に優しく軟膏を塗られながら、赤面して横を向きつつも、視線はアイミの剥き出しの肩に吸い寄せられていた。
 男の眼だ。私には向ける気配もなかった眼。
 これだから男は。舌打ちをする。口の中の酒臭さが強まった。
「ソウタ、あんた学校に好きな女いないの」
「え? いや、え、そんな」
「はあ、いるんだ。なのにこのお姉さんの肩見て、何考えてたの。ちょっと立ってごらんよ」
「ノリカさん、お酒臭いって」
 アイミの制止に構わず、私は続けた。
「あんた、小学生の時ここでちやほやされてたのはね、ガキだからだよ。あんたが男として好きになる女はね、皆、もっと格好良くて要領のいい男が持ってっちゃうの。このアイミもね、昔あんたの母親の彼氏に散々食われたんだよ。食われるって意味分かる?」
「ノリカさん!」
「学校の女子もね、あいつみたいなのに片っ端から、可愛い子から順にやられるよ。あんたどんな気分に――」
「分かって、ます」
 静かな声に、私は思わず言葉を止めた。
「分かってます。本当は、ここに来るのはよくないって。甘え、ですもんね」
 小さい体を丸めるソウタを見て、今更ようやく、後悔が私に押し寄せて来た。
 同時に、ある違和感を覚えた。こうまで言われて、ただこうべを垂れるだけの子供。それが、母親につっかかってネックレスなど壊すものだろうか。
 もっと、即物的な原因があるんじゃないのか。例えば、母親と直接揉み合った、という風に。
「ねえ、もしかしてソウタさ。あんたの怪我って、あの男じゃなくて、お母さんにやられたもんだったり……する?」
 ソウタがぱっと顔を上げた。
 しまった。くそ。
 その目に、みるみる涙が溜まっていった。

 大丈夫だからとアイミを外に出し、私はソウタを連れて厨房に入った。
「すみません、泣いたりして」
「いや、こっちこそ。そこの米出して」
「はい。……あの、料理を手伝えばいいんですか」
「そう。賄いだから適当にね」
「これ、何なんです?」
「焼き飯。レシピ盗んでもいいよ」
 私はその辺にあったメモ用紙に、さらさらと要点を書き留めると、ソウタに押し付けた。
「あ、ありがとうございます。ええと米適量、ネギ少々、ベーコンかハムあるだけ、卵適当……。れ、レシピですかこれ?」
「適当なんだよ。適当な奴が結局いつもゲラゲラ笑ってんの。私もそれ見習うようにしたんだよ。大分前から」
「適当……ですか」
 コンロに火をつける。
「意味のある答なんて、常に返してやると不幸になるんだよ」
 はあ、とソウタが呟く。ぽかんとした顔で。
 こいつ、どんな女が好きなんだろう。変なのに引っかからなきゃいいけど。
 この坊主が特別可愛いとは思わないものの、それくらいは思ってやった。
 それから、こいつにどう謝るか、カンナの奴はどうしたものかと、ようやく酒の抜けてきた頭で、私は考え始めた。


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このストーリーに関するコメント

19/04/17 浅月庵

クナリさんは夜の街だとかお店の雰囲気を書くのが本当にお上手だと思います。ノリカの厳しめの態度も、そこまでに至るバックボーンが透けて見えるようでした。

「意味のある答なんて、常に返してやると不幸になるんだよ」

こういうハッとさせられる一文も、とても好みですし、作品を味つけする良いスパイスになってると思います。面白かったです!

19/04/18 クナリ

浅月庵さん>
ありがとうございます。
態度や言葉使いから、登場人物の人となりが伝わるように書けていれば嬉しいです。
全部説明してると、読めたものでは無いですからね(^^;)。
登場人物は、好きに喋らせている時が一番いいこと言いますねえ……。

19/04/29 笹峰霧子

クナリさま

ピックアップ作品に出た作品を読ませていただきました。
プロを目指しておられる方の作品構成はやはりちがうなあと思いました。

19/04/29 クナリ

笹峰霧子さん>
ありがとうございます!
プロは特に目指していないんですけどね(^^;)。
その時その時で、よいものが書けていければいいなと思います。

19/05/11 雪野 降太

拝読しました。
レトロな雰囲気を感じさせる舞台設定のなか、終始一貫して苛立っている主人公が際立つ話立てでした。主人公も夜になればステージに立ち、接客もこなすのかもしれません。ただ、夕暮れ前の午後3時という中途半端感が主人公をまだ生業から一定の距離に置いている。中学生と料理法を共有するという、本人自身も飲み込みきれていない奇妙なシーン展開が興味深かったです。
読ませていただいてありがとうございました。

19/05/17 クナリ

雪野 降太さん>
ありがとうございます、こうした仕事のオンオフのオフの方を描くというのはなかなか難しくもあり楽しくもあり、ちょいやさぐれて人も仕事も冷めた目で見ている人物は書きがいがあるのであるので、がんばりました(^^;)。

19/05/18 路地裏

この作品、好きです。
ノリカの適当さが人間らしくてとても魅力的だと思います。

19/05/18 クナリ

路地裏さん>
ありがとうございます!
今回のプロットはなんというか「関係がない人間関係」みたいなものだと思ったので、登場人物を評価していただけてうれしいです。

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