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浅月庵さん

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最後の晩餐

19/04/16 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:1件 浅月庵 閲覧数:224

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 アイス・ペリントンは王の愛娘を殺害した罪に問われ、明日の早朝、民の前で首を刎ねられるという。彼は自分の無実を主張しているようだが……その真偽についてはどうでもいい。
 私の職務はただ、アイスに最後の晩餐を用意してやることだ。悪しき魂を現世に留まらせず、安らかな気持ちのまま天に返すには、最高の料理を提供せねばならない。

 シェフであるこの私、ナーク・ウェルズは、独房の前でアイスに問う。
「きみは人生最後の食事に、何を選ぶ?」
「おいおい、俺は人なんて殺しちゃいないのに、こんな仕打ちあんまりだと思わないか?」
「お前がどんなに熱弁しようと、私に決定権などない。……さぁ、質問に答えろ」
 アイスは、つれないなと口を尖らせて、少し考えてから口を開いた。
「それなら、母親の作ったスープが飲みたい」
「……何のスープだ」
「トマトベースで、豆を煮詰めたスープだよ」
 最後の晩餐だというのに、そんなお粗末な物で良いのかと、私は思わず鼻で笑いそうになった。
「わかった。そいつを用意してやろう」
 私は用が済んだと思い、踵を返す。すると彼は、なおも明るい口調で続けた。
「おっと、料理人さん。調理法は聞かないのかい?」
「何?」
「ひとくちにスープと言っても俺は【母親の作ったスープ】が飲みたいんだぜ」
「……失敬。確かにそうだな。それではレシピを教えてもらえるかな?」
 私はアイスから、母親が作るトマトスープの調理法を聞く。彼はそらで調味料の分量まで言えるようだ。独り立ちしてこの国に来る前に母親から教わったようで、彼自身も自宅で何度も作ったことがあるとのことだった。
「聞くまでもなく凡庸なスープの作り方だったな」
「……でもなぁ、自分で作ると、どうも母親の味が再現できないんだよ」

 私は調理場に戻ると、材料を確認する。どうやら今あるものでこと足りそうだ。それほどまでにアイスの欲求は、容易に叶えられるものなのだ。

 私は看守にできあがったスープを持たせ、アイスの元へ運ぶよう指示する。おかわりを所望するのなら、いくらでも在ることを添えて。彼から返ってくる言葉は、美味しいという礼以外あり得なかった。

 ーーだが、看守はすぐに戻ってくる。まだ飲み終えていないスープの器を手に持って。

「ナークさん。あいつ、こんなの母親の作ったスープとはまるで違うって、一口食べただけで突き返してきましたよ」
「何!?」
 確かに私はレシピ通りに作った。分量も手順も、寸分の狂いはなかったはずだ。私の背筋に冷や汗が流れる。この仕事に就いて初めて、囚人と二度顔を合わせることとなった。
「アイス、きみは処刑を逃れるために、わざとそんな嘘をついているのだろう!」
「嘘なんてつかないですよ。これは紛れもなく、母親のスープの味なんかとは違う」
「ナークさん。今こいつに、本音を吐かせますよ」
 そう言って看守は、アイスを鉄の棒で滅多打ちにする。腕には痣ができ、顔も腫れ、鼻血を垂れ流しても、それでも彼は譲らない。

「俺の魂はこのままじゃ、永遠に救済なんてされませんよ」

 処刑は延長された。アイスの舌を納得させなければ、彼を殺すことはできない。それが処刑の掟だ。それにこのままでは、私のプライドも許さなかった。王から私へと檄が飛ぶ。だが、何度スープを用意し、彼がノーと言う度に拷問を加えても……アイスが折れることはなかったのだ。最早私は、躍起になっていた。

 しかし事態は一変するーー。
 王族殺しの真犯人が、別にいたのだ。アイスは満身創痍のまま、釈放されたーー。

 遠方から知らせを聞き、彼の母親が駆けつけてきたようだ。二人して抱き合い、無事を喜んでいる様子が、窓の外から見える。アイスは自分の命を生き長らえさせるため、見事に私の料理へ対する嘘を貫き通したのだーーそう思っていた。だが彼から私は、思わぬお誘いを受ける。

「俺の母さんの作ったスープ、飲んでみないかい?」

 直接手を下さないにしても、私は彼を【殺す側】の立場にいたというのに。この男は一体、どういう神経をしているのだろうか。
 だが、楽観主義なところもまた、彼の人間としての魅力なのかもしれない。

 私は興味本意もあって、彼の母親が作ったスープをご馳走になる。傍で調理手順を見ていたが、分量や食材は、私のものとまるで違いはない。

 ……だけど実際味わってみると、そこに違いはあった。自分は国に仕える料理人であり、舌にも自信があったからこそ、嘘はつけなかったのだ。

「【愛情】っていう調味料は、親でないあんたにはどう頑張っても入れられないもんな」と、アイスは笑った。ハッとさせられるよりも先に、何て恥ずかしいことを言う奴だと思った。……だけどまぁ、まさにその通りなのだろう。

 ーー彼はどこまでも正直者だった、というわけだ。


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このストーリーに関するコメント

19/05/09 雪野 降太

拝読しました。
母親の作ったスープ、というオーダーは、ともすれば母親を危険に巻き込む(連行される)リスクを孕んでいるわけですが、それでも彼がそれをオーダーしたのは、きっと料理人がそういった行動をとらない確信があったのでしょう。二人の間にあったかもしれない見えない信頼のようなものこそがあったのだと思うと、唸りたくなる気持ちです。
読ませていただいてありがとうございました。

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