森音藍斗さん

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19/04/15 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 森音藍斗 閲覧数:40

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 実家が好きではなかったから大学で東京に出た。

 父はいない。母は過保護で、友人とカラオケに行くことすらままならなかった。そのせいで友達もいない。作ろうとしたこともあったが、彼らみんな休みの日にゲームセンターに行った話で盛り上がるものだから居心地が悪くてやめてしまった。電車に乗らなければショッピングモールもない田舎、小中学校は丘の上だったから通学は億劫だったし、趣味も習い事も種類がなくて、俺の興味を引かなかった。
 必然的に、勉強に目が向いた。暇すぎて勉強ばかりしていたので、母にも褒められて一石二鳥だった。シングルマザーの母の機嫌は俺にとっては最大の懸案事項だったので、母が学校から帰宅してから家を出るなと言えばそうしたし、勉強ができることは好都合だったのだ。

 実家が好きではなかったから大学で家を出た。

 運よく勉強ができたので、奨学金を貰って、地元から通えるどの大学よりも偏差値の高い大学に進学した。大学の近くにアパートを借りた。母は俺と一緒に引っ越す勢いだったが、何やかんや言い包めて、母は地元に残り、俺は独り暮らしを手に入れた。
 はじめての自由は最高だった。サークルで未成年ながらはじめて飲んだ酒は、旨くはなかったが愉快だった。ゲームセンターに行ったことがないのも、カラオケに行ったことがないのも、「田舎だったから」と言えば笑いのネタになった。深夜まで友人の家で映画を見たり、終電を逃して漫喫に泊まったときは、これがトウキョウなのかと感無量の思いで、一緒にいた東京出身の同級生に馬鹿にされた。

 実家が好きではなかったから大学で東京に出た。

 夏休みはサークルで潰れた。冬休みは友達と年越しパーティをした。春休みは先輩の卒業と新歓の準備と旅行で忙しかった。人生でいちばん楽しかった。今まで俺を閉じ込めた母を、地元を、恨みつつ、ざまあみろと嘲っている気分だった。
 俺の大事な大学生活を侵害する母からのメールはおざなりになった。
 ある日、仕送りが絶えた。

 実家が好きではなかったから大学で東京に出た。

 結局俺はしがない大学生だったのだ。自由を手に入れた気になって、生活費と学費は全て母の支配下だった。多少バイトもしたけれど、それは全部旅行と飲み代に消えた。未開封のまま放置されていた最後のメールには、たまには帰ってきてくださいとひとこと綴られていた。
 ごめん、気付かなかった、忙しくて。言い訳がましいメールを送ると、母からひとこと、帰ってきなさいと返信が来た。通帳の残金を確認し、その日の夜の夜行バスを予約。ちょうど明日は全休で、土日にはまたサークルが入っているのでいちばんのチャンスは今だった。
 上京して以来二度目の夜行バスだった。隣のおじさんはベテランらしく、俺が乗り込んだときには既にシートを倒して毛布を頭まで被っていた。俺はがさごそと物音を申し訳なく思いながら、なんとかましな体勢を見つけて、イヤホンをつけた。
 ラジオからたまたま流れてきた曲は、故郷を思うカントリーだった。
 ああ、帰省ってこういうことなんだ、と、そのとき知った。
 会いたくてしょうがない家族も、連絡を取り続けている友人もいない。けれど、俺は十八年間住んだ家を、十八年間歩いた道を、十八年間眺めた田んぼを、十八年間ともに過ごした母を、あそこに残していた。
 消灯までまだ時間があった。俺は携帯をもう一度だけ取り出して、母にメールを送った。
 バスに乗りました。帰ります。
 母からのメールは、いつもの、元気? とか、ちゃんと食べてるの、とか、まどろっこしくて面倒臭いものではなく、ただひとこと、
 あなたが生きていてよかったです。
 母のことは好きではないけれど、彼女は俺を待っていて、たった独りの母親だった。
 地元は好きではないけれど、あの場所は俺を待っていて、たったひとつの俺の故郷だった。
 帰ります。
 唇だけで呟いて、携帯を閉じたとき、バスの電気が消えた。
 おやすみなさい。
 朝起きたら、そのときは、ただいま。


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