1. トップページ
  2. かぐや姫の帰還

青苔さん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

かぐや姫の帰還

19/04/15 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 青苔 閲覧数:122

この作品を評価する

 その日、月では、誰も彼もが上を下への大騒ぎだった。

 特に月の女帝は、廊下を行ったり来たりしながら落ち着かない様子で、時々空を見上げては、そばを通る下働きの者をつかまえては、こまごまとした指示を与えていた。
 かぐや姫を地球に送り出してから、三年。母親である月の女帝だけでなく、月の住民たちもこぞってかぐや姫の帰りを待ちわびていた。
 あのかぐや姫が戻って来られるそうだ。人々は口々に噂をしあって、空を眺めた。
 あの、というのは、かぐや姫が初めて地球へ行った月人だからだ。修行のため、地球の知識を得るため、様々な名目があったが、かぐや姫自身も地球へ行くことを喜んでいた。
 実際、地球での生活を楽しんでいたようで、なかなか帰って来ようとしないことに業を煮やして、月の女帝が地球へ迎えを寄越すことにしたのだった。
「料理はもうできているの?」
「あとは焼き物だけです」
「かぐやの部屋の掃除もお願いね」
「はい、今すぐに」
「やっと帰って来るのね。あの子ったら、連絡も寄越さないで、私が迎えをやらなければ、いつまでたっても帰って来やしないんだから」

 一方、かぐや姫の妹は、姉の帰りに戦々恐々としていた。
 妹はかぐや姫が地球へ行ってしまってから生まれたので、実は一度も姉に会ったことがない。しかし噂なら、嫌というほど聞いている。姉は優秀で、好奇心旺盛で、何より美しい。月の女帝の跡を継ぐのにあれほどふさわしい人はいない。
 姉に会う前から、姉に勝てる気が少しもしなかった。歯牙にもかけられない冷たい眼で見られるのは嫌だ。母の愛情はきっと姉が独占することになるのだろう。
 考えれば考えるほど、憂鬱になる。
「お姉様は、そんなに美しい人なの?」
「それはもう、輝くばかりの方ですよ」
「私よりも美しいの?」
「……そうですねえ、妹君もお美しいですけれど。一度お会いになれば、お分かりになります」
「仲良くなれるかしら?」
「姉妹ですもの、ご心配には及びません。かぐや姫はとても聡明な方ですから、きっとお好きになられますよ」

 そして、かぐや姫の幼馴染みは、一人ほくそ笑んでいた。
 かぐや姫が地球へ行くことを知った時は人生に絶望したものだったが、ようやく自分にも運がまわってきたのだと思った。
 親が月の女帝に仕えていたことで、かぐや姫の遊び友達の一人となり、ひそかに好意を寄せていたのだ。身分違いなのは分かっている。しかし、かぐや姫と直接言葉を交わし、そばにいることを許されている自分は、他の有象無象の民たちよりも、ずっと良いポジションを確保している。だから、あるいは自分がかぐや姫の未来の婿に選ばれることもあるかもしれない。
 かぐや姫の地球行きの話を聞いた時は、絶望とともに、しばしの別れなのだと自分に言い聞かせてもいた。しかし、かぐや姫が地球で婿を見つけたらしいという噂を耳にし、居ても立ってもいられない気持ちになった。
 そうして、もうすぐかぐや姫が戻って来ると言う。もちろん、一人で。
 かぐや姫が戻ってきたら、幼馴染みとして、まずは再会を喜び合おう。そばにいられるならば、きっと自分にもチャンスがめぐってくるはずだ。
「かぐや姫って、好きな人いるのかなあ」
「さあ、どうだろうね」
「僕、結構仲良かったし。かぐや姫、僕のこと、何か言ってた?」
「どうだったかな。でも、気持ちはちゃんと伝えたほうが良いよ」
「そうだね。かぐや姫が帰ってきたら」

 はたまた、かんざし屋の女店主は危惧していた。
 かぐや姫は時々、側近の者だけを連れて街へやって来ていた。
 かんざし屋に立ち寄って、かんざしを買っていったこともある。しかし、かぐや姫自身はそれほどかんざしには興味を示さず、側近の者に勧められて、似合うから、となかば無理やりに買わされていたようだ。
 実際、かぐや姫は好奇心旺盛で、自分が着飾ることよりも、目新しいものに興味を示していた。かぐや姫は光り輝くばかりのお姿で、着飾る必要さえなかったからかもしれない。
 そして結果的に、地球へも行ってしまわれた。
 地球はさぞかし楽しい場所だっただろう。月とは違う風俗、習慣、かぐや姫の好奇心を満たしてくれるものばかりだ。今回のお帰りも、月の女帝が迎えを出してようやく叶ったくらいだ。
 だから、たとえ一度戻って来たとしても、また地球へ行きたいと言い出されるのではないか。月の女帝の跡を継ぐのはかぐや姫だというのに。
「かぐや姫の好奇心は、地球での生活で満たされたのかねえ」
「どうだろう。あの好奇心は尋常じゃないからね」
「月の女帝をしっかり継いでくれれば良いけれど」
「そのうち、きっとそうなるさ」
「かぐや姫は、本当に帰って来るのかしら」

 月では、それぞれがそれぞれの思いを胸に、空を見上げながら、かぐや姫の帰りを待っていた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン