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宮下 倖さん

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つなぐ【エッセイ】

19/04/15 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:1件 宮下 倖 閲覧数:228

時空モノガタリからの選評

原発事故に起因した家の解体をめぐるやりとりから、そこに長年住んできた家族の思いや絆が落ち着いた文体から伝わってきました。特に「ほどく」という方言が良いですね。単に物としての家ではなく、様々な思い出と結びついた家を失う無念さ、大切な何かが散り散りになってしまうかもしれない不安感などがこの一言の中に籠っていると思います。家族は解体されても思い出は新たな世代に引き継がれていく、そうした希望が「ほどく」から「つなぐ」というキーワードで端的に表されていると感じました。

時空モノガタリK

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 双葉の家な、秋にほどくことにしたから。
 2018年の元旦、おせちと雑煮の朝食を終え食後のお茶を飲むと、父はまっすぐに私たちを見てそう言った。
 並んで座っていた私と妹は互いを見ることはなかったけれど「きたか」と背筋を伸ばす。
「うん。わかった」
 そろって静かに頷けば、一瞬止まったように思えた時間が私たちを窺うように動き出した。
 私の実家は福島県の浜通り、双葉町にある。
 大学進学を機に仙台でひとり暮らしを始めたころ、そこで出会った友人たちに出身地を説明するのに苦労した覚えがある。福島と言えば福島市のほうをイメージされてしまうし、海沿いと言えば相馬市やいわき市の知名度が高く「その中間あたり」と答えて何となく頷いてもらうのがせいぜいだった。
 しかし、のんびりした田舎町は2011年3月、全国に名を知られることになる。
 東日本大震災に起因して発生した福島第一原子力発電所の事故によってである。
 震災から八年が経ち、周囲の町村は少しずつ帰還できる範囲が広がっているが、発電所からわずか四キロほどの実家は到底帰還の目処など立たない。
 両親はいわき市に避難し、現在もそこで生活しているが常々「帰れる日がきたら帰る」と言っていた。基礎は傷んだものの倒壊を免れた家を掃除し、修繕し、イノシシ避けの工夫を凝らした実家は周囲の家と比べて格段に状態がよく、帰れる日がきたら本当にそのまま住めてしまいそうなくらい両親によって手入れされていた。
 それを「ほどく」と言う。
 おそらく方言だろうが「解体する」という意味で使われる。
 そんな大事なことをどうして私たちに相談なく決めてしまうのかと憤ることもできたが、自分たちに何かあった後、宮城と神奈川に離れて暮らす娘たちに家の処分を負わせてしまうことを良しと考えない両親の思いも伝わるのだ。
 うちの親ならこうするだろう。
 以前、妹と話したことが現実になっていく。それだけだった。
 この年の夏、十五歳になってようやく帰還困難区域に入れるようになった息子を伴い、私は両親、妹と双葉町に一時帰宅した。
 生まれ育った実家に別れを告げるためである。
 家の前に立ってみれば「壊れてなどいない、まだ住める、ここは私の家だ」そう思ったけれど、久しぶりに帰った我が家はやはり何かが決定的に違っていた。
 人が住まないと家は傷むというが、家の生気がすっかり抜けてしまったようだった。
 息子と並んで立ち「憶えてる?」と問うと、息子は開け放たれた玄関からまっすぐに家の中を見つめ力強く頷いた。
「うん。小さいころよく連れてきてもらったから憶えてるし、これからも憶えておく。忘れないよ」
 なんだか家が少し明るくなった気がした。
 みんなで家の中を歩きながら思い出話に花が咲く。部屋のあちこちを写真に収めつつ、くだらない小さなことばかり思い出して笑い合った。
 茶の間でお弁当を食べ、携帯ラジオを聴く。窓から入る陽の光だけではない明るさを感じた。家が生き生きとした空気を取り戻したように思えた。
 それでもこの家はほどかれる。
 家が解体されるのと同時に、育った町の思い出もほどけてしまう気がする。親戚はばらばらになり、友人たちも遠くに散り、所在がわからない人も多い。改めて失くしたものの大きさに愕然とした。
 最後に家をバックに並んで写真を撮った。ちゃんと笑えたことは自分でも上出来だったと思う。
 十月にほどくと聞いたのだが、具体的な日にちは訊ねなかった。聞けばその日はずっと家のことを考えてしまいそうで辛かったのだ。妹も訊かなかったので同じ気もちだったのかもしれない。
 年末、いわき市に遊びに行った私と息子に、両親は何枚かの写真を見せてくれた。
 解体業者が解体後の土地をドローン撮影してくれたのだという。
 一瞬どこだかわからなかった。見慣れない上空写真だったこともあるが、家がなくなったことで「ほどけてしまった」という感情が強まって意識の焦点が合わなくなったみたいだった。
「ここ玄関。こう入っていくと茶の間で、こっちが台所、でしょ?」
 息子が更地の写真を指でなぞりながらそう言って笑った。
 その顔を見たとき「つながっていくのかな」と思った。
 少なくとも息子の記憶の中に私の生まれた家はある。ともに思い出を語ることもできるのだ。
 そのかたちは失われても、きっと私たちとあの家はつながっている。
 あたたかな思い出とつながっている。


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このストーリーに関するコメント

19/05/22 待井小雨

拝読させていただきました。落ち着いていながらも、寂しさと温かさを感じる語り口でした。息子さんの「これからも憶えておく」という言葉や、更地をなぞりながらもとの家の様子を答えていく姿に、じんわりと優しい感動を覚えました。

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