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タックさん

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わらの家

19/04/15 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 タック 閲覧数:109

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僕は実家を恥ずかしく思っていた。中学二年生までの話である。

僕は自然豊かな田舎に生まれ育った。夏には緑色の絨毯が田んぼを埋め、秋には紅葉に色づいた山が空の一角に映える。そんな地域だ。
そのような地域だったから、小学生の頃は十二人しか同級生の男子がおらず、人数の少なさのためか僕らは比較的仲良く遊んだ。
休日や放課後にはよく互いの家にお邪魔し合い、僕もたびたび自宅に友達を招き、ゲームなどに興じたものだった。

小学生の頃はそうして悩みなく過ごしたのだが、中学生のとある段階で僕は自宅に引け目を感じ、コンプレックスに思うようになった。
実家が貧乏だった、という話では決してない。(少なくとも、衣食住に困ることはなかった。貧窮とも遠かった)
コンプレックスは家の内部ではなく、外観に起因していた。

築百年。わらぶき屋根。
戦前よりあった古屋。他の家とは明らかに外装の違う自宅。
その古い実家が、思春期の僕のコンプレックスだった。
周囲とは明確に異なる様式の自宅が、当時の僕を赤面させる要因となっていた。

印象的なエピソードが、一つある。中学校に進学し、半年ほど経った頃である。
別の小学校の同級生とも徐々に友人関係を築いていた最中、とある女子が僕に話しかけてきた。
その女子は良く笑う子で、裏表のなさが皆に好かれていた。
細部までは記憶していないが、取り留めのないことを話し、自然と話題が家のことへと転じていったのを覚えている。

明るく、無邪気な女子の質問。「ねえねえ、徳田くん家って、どんな感じなの?」
その時の僕はまだコンプレックスを抱く前だった。
そのため、ああ、と気軽に答えようとしたのだが、なぜか答えたのは途中から会話に参加していた男子だった。男子は言った。
「ああ、徳田の家、あそこにある、かやぶきの家だよ」

そうして、次に女子が発した言葉に、僕は誇張でなく顔が燃えるような感覚を覚えた。

「え、あの『わらの家』!? すごーい、珍しい家だねー!」

当事者でなければ、共感はし難いかも知れない。
しかし、その『わらの家』というフレーズは僕を確かに凍らせ、心を苦しくさせたのだ。
最前は意識すらしていなかった、自宅と他家との差異が女子のフレーズによって如実に理解できたようで、僕は曖昧に言葉を濁し、居たたまれなくその場を去った。
童話的な、しかし僕にとっては残酷な『わらの家』という例えに一言も返すことはできず、住み慣れた自宅はその日からコンプレックスと化した。友達を自宅に招くこともなくなり、自宅に関する会話を避けるようになった。コンプレックスは中二の夏まで続き、一年ほど、僕を苦しめ続けたのだ。
(後日、件の女子が「徳田くん家、見たよ! 本当にわらなんだね!」と追い討ちをかけてきたのだが、それはまた別の話である)

そのコンプレックスが中二の秋頃に消失したのは、簡単な理由だった。家が建て替えられたのである。
百年以上建ち続けた家は壊され、二階建ての新たな家が建った。
『わらの家』は欠片もなく消え去り、僕の引け目も同時に霧散していった。
新築ではそれまでになかった個室が与えられ、僕と兄弟はとても喜んだ。
新たな住居には家族の笑顔が溢れ、僕自身、非常に清々しい気持ちでいたのを覚えている。

ただ、家が壊されたことに僕が何の感慨も抱かなかったのかと言えば、それは嘘になる。
家の取り壊しを翌日に控えた日の夜。
旧宅での最後の入浴を終えた僕は、何の気なしに居間へと向かった。
一人きりの居間は真っ暗でガランとし、静寂に満ちていた。
誰もいない、未経験の静かすぎる闇に、僕はしばらく一人で佇んでいた。

(…………。)

家族の姿のない、部屋の形のみが残された居間。森閑とした部屋。
その時、僕は強く思った。 
家は、死ぬ。そのことを、僕はその瞬間に実感したのだ。
家財道具が運ばれ、居間はすでに用をなさなくなっていた。
そこには静謐と呼ぶにはあまりに寂しい空気が流れ、百年という時間の消失を感じさせた。
僕が十数年を生きた家は役目を終え、死のうとしている。
その死を、僕は夜陰のなかに一人、感じ取っていた。

(…………。)

コンプレックスだった。存在が恥ずかしく、思春期の僕の傷となっていた。
その家のなかでいつしか僕は涙を流し、唇を噛みしめていた。
こみ上げた寂寥感に、涙が溢れて止まらなかった。

あの独特な感情を、未だに僕は経験していない。
ただ寂しくて、なぜか悔しくて、しばし声を殺して泣き続けた。
新築を喜んだはずの僕はそこになく、別れることへの切なさだけがあった。
最後の日の静けさを、僕は今でも忘れられずにいた。

今でも、夢を見る。
夢のなかの僕は今の家でなく『わらの家』で大切な人々と笑い合っている。
僕にとっての実家は、未だに更新されていないようだ。


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