R・ヒラサワさん

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19/04/15 コンテスト(テーマ):第168回 時空モノガタリ文学賞 【 レシピ 】 コメント:2件 R・ヒラサワ 閲覧数:201

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「新しい彼女が出来たんだ。だから、これで君を含めて五人って事になるね」
 タクミの言葉を聞いてもコトネは全く反応しなかった。それは人数が六人や七人に増えたところで、同じだったに違いない。会話の流れとしてコトネは一応聞いてみる。
「今度は何がいい人なの?」
「運動神経だよ。水泳に陸上に球技全般。何でも出来るみたいだ」
「ふうん。そうなんだ」
 聞いたところでコトネの心境に何の変化もなかった。結局コトネが頑張るのは、料理だという事に何も変わりは無いのだ。
 タクミの一人目の彼女はモデルだった。つまり容姿のいい人である。二人目は有名な国立大学を出た頭のいい人で、三人目は声優をやってる声のいい人。四番目であるコトネは料理の腕がいい人で、新たに加わった五人目は運動神経がいい人のようだ。
 料理の腕がいいと言われているコトネは特に資格や免許はなく、世間で言う『我流』だったが、周囲の評判はとても良かった。
 タクミと知り合ったのも、それを知る友人に紹介された事がきっかけだった。
 タクミは、いま流行りのイケメンだ。長身でスポーツもでき、有名国立大学の出身で、在学中に興味を持った事で事業を始め、その経営も順調に進んでいるようだ。
 会社は無理に規模を拡大せず、私情が入らないよう古くからの知人は避けた人事で、着実な運営を目指しているそうだ。
 年齢も二十八歳と、モテる男性の全ての条件を満たしている様な人だった。
 タクミは女性側が話すのに戸惑ってしまう様なタイプではない。何とも気さくな雰囲気を持っている。コトネは自分がこんな人と知り合えたのは、今でも奇跡だと思っていた。
 タクミは仕事に関してとても慎重な所があるが、それは女性選びも同じだった。
 五人もいる彼女と言うのは、実際には友達の範囲の付き合いだ。しばらくその状態を続けて、やがてその中から真剣に付き合う相手を決めると言う。
 タクミが女性に求める条件は世間でよく聞くような内容だったのだが、実はモデルの彼女はテレビに出たり何処かの大会で優勝した訳でもなく、国立大学に通う彼女も成績がトップクラスという訳ではない。
 声優の彼女は最近になってやっとローカル局で流れるアニメの役をもらったが、脇役のため出番もかなり少なく、コトネの後に出来た彼女もスポーツ万能な様だが、過去にインターハイどころか、県大会にすら出た事が無いレベルだった。
 全ての基準はタクミの中にあった。何かの分野で人よりも優れているが、他の分野では逆に人よりも苦手な事が多い。要はそんな大きなギャップの持ち主に心惹かれるのだそうだ。
 それぞれの彼女達は、自身の才能を磨くべく日々努力を重ねていた。コトネも同様に料理の腕を磨き、デートの度に手料理を振る舞った。
 タクミはそれぞれの彼女に対して、特別何かを求める事は無かった。何処を見てどう判断しているのかは、誰にも分からなかった。
 今のところ五人はタクミと『友達』の様な関係だから、何処かに遊びに行ったり映画を観たり食事をして、比較的早い時間帯に家に帰る。それ以上の事は何もない。
 コトネはタクミの事が好きでたまらなかった。何とか本当の彼女になりたかった。だから、他の彼女達に負ける訳にはいかない。コトネは『我流』の料理から脱却しようと考えた。
 コトネは数冊のレシピ本を購入して、更に料理の腕を磨く事にした。本の選択はネットの情報を参考にした。
 その後、何度かタクミに料理を振る舞ってみたが、反応は意外なものだった。
「最近の君の料理は……。なんだろう、ちょっと味が落ちた様な気がするよ」
 タクミの言葉にコトネは大きなショックを受けた。他の彼女達に負けじと努力したのに。何がいけないのか、何が足りないのか?
 そんな筈は無い。レシピ通りの材料と時間、調味料だって分量通りだ。この本はネットでの評価が一番高い方だったし、いいコメントも多数寄せられていた。本の選択に間違いは無かった筈だ。
 コトネはこのレシピ本で作った中の、自信作ばかりを振る舞っていた。
 コトネの気持ちは一気に沈み込んだ。しばらくの間、何も出来なくなってしまった。このままでは他の彼女達に負けてしまう。焦る気持ちだけが心の中で膨らんでいった。
 そしてその気持ちは、ついに諦めへと変化して、コトネは我流脱却を辞めてしまった。
 数年が経った。コトネは今、タクミと生活を共にしている。
 自然体に戻ったコトネは、ただタクミに美味しい物を食べて欲しい想いだけで料理を作った。そこにレシピは必要なかった。自分の舌の感覚だけを頼りに。
 タクミいわく、他の彼女達は自己を高めようと、無理をするあまり自分を見失い、その中で我を貫くコトネに強く惹かれたそうだ。
 コトネは思った。レシピのようなものは本来なくてもいいのだ。料理にも、そして恋愛にも。


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このストーリーに関するコメント

19/05/07 雪野 降太

拝読しました。
彼に好かれる自分でありたいと願う主人公の一途さが際立った作品だと感じました。我流で周囲を唸らせる主人公の料理の腕前のほどが気になる作品ですね。
読ませていただいてありがとうございました。

19/05/07 R・ヒラサワ

雪野 降太 様

コメントいただき、ありがとうございます。
主人公の料理は自然体で、ただ好きな人に対する想いを込めて作った、とても美味しいものだったのだと思います。
読んでいただき、ありがとうございました。

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