1. トップページ
  2. 帰る家がない

紅茶愛好家さん

コーヒーをドリップする瞬間に幸せを感じます。 ジャンルに縛られないのが自分らしさかなと思ってます。 書いてて楽しいのはギャグですが真面目な話も書きます。 スマホ依存度80%、これがないとネタが思い浮かびません。

性別 女性
将来の夢 やっぱり長生きですね。
座右の銘 温故知新

投稿済みの作品

0

帰る家がない

19/04/14 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 紅茶愛好家 閲覧数:152

この作品を評価する

田所家はその夜、会議を開いていた。議題は耐震補強に伴う自宅改修について。
「せっかく家を弄るんだからついでに不便なところも変えましょ」と嫁、咲江。
「じいちゃんとばあちゃんの部屋の段差をなくしたほうがいいよな」
孫で介護士の永利(えいり)が提案する。すると祖母、絹子が目元を潤ませる。
「永利は優しいねえ、涙が出るよ」
「いっそのこと風呂もいじるかぁ」と祖父の永吉。
「ユニットバスにするか? それならいいのがあるんだが」永吉の長男、永介がパンフレットを広げる。
「ユニットバス? 情緒がねえなあ。あんなもん持ってきて張回すだけだろうが」
「最近は良いのがあるんだって」
取りなす永介に構わず、永吉は持論を展開する。
「風呂は絶対ヒノキ、洗い場は石敷いて壁は竹壁だ」
「ヒノキ風呂に温泉の素って入れていいのかしら?」咲江の疑問を永吉が笑い飛ばす。
「温泉の素何てみみっちいこと言ってんじゃねえよ。どうせなら源泉かけ流しだ」
「親父、まさか温泉掘るって言うんじゃねえだろうな」
「あたぼうよ、掘らなきゃ誰がくれるんだ?」
「なんか話がおっきくなってきたね」と永利。
「どうせなら庭に露天風呂作る? 今ある風呂場は残しといてさ」
「咲江、おめえいいこと言うじゃねえか」
「外は寒いからいやですよ」と絹子。
「じゃあ、庭に離れを作って脱衣所とかも構えて立派なの作る?」
「いくらいると思ってるの」と再び永利。
「お金はおじいちゃんが出すんだもの。心配ないわ」
「すげえ嫁」ぼそりと永介が呟く。
「何か言った?」
「いえなんでもありません」
「どうせ老い先短いんだ、派手に使ってパーッとやるぞ」
翌日、永介は工務店へと電話をした。

――半年後

『静音の湯元はいいとっころ〜、源泉かっけ流し〜、家族っみんなで露天風呂〜』

新しい温泉施設のCMを見て思わず口ずさんでしまう。最近よく見るCMだ。出来たのは静音村、美弥の出身地だ。帰省するのはお正月以来約半年ぶり、みんなどうしてるだろうか。そうだ、いっそのこと電話してみようと電話を手に取った。
……出ない、長いことコールしているのだが誰も出ない。
忙しいのだろうか?
仕方ないので諦めてラインで連絡、『明日帰ります』とだけ。たくさんお土産が入るように大きめのバッグに支度する。鼻歌が止まらない。祖父母には羊羹、弟には明太子。母は神大屋のチョコが好きだったな、デパートで買って帰ろう。父は……まあ、いいや。荷物を終えるとバッグを玄関に置いて準備完了。明日が待ち遠しい。

翌朝、新幹線で1時間半揺られて、最寄り駅に付いた。静音村まではそこからバスで30分。GWということもありバスは混雑していた。自分と同じ帰省客かと思ったがどうやら様子が違う。観光客らしい。「さては温泉か?」とほくそ笑む。こんな辺鄙なところにある静音村にも観光客がくるようになったのだ。温泉様様だなと独り言ちる。
停留所につくと乗客がまとめて降りた。美弥も下車する。停留所にはタクシー乗り場があって皆それに乗る。美弥もそれに乗った。
「大栃までお願いします」
「はい、大栃まで」 
中年のドライバーが復唱する。美弥が汗をかいていたのでドライバーが空調を強めてくれた。
「お客さんもしかして静音温泉までですか?」
「いえっ、違います。実家に」
「それは失礼いたしました」
「まだ温泉行ったことなくて、ありますか?」
「あそこのお湯はいいお湯ですよ。ヌルッとして柔らかくて肌がすべすべになりますよ」
「へえ、行ってみようかな……、あっそこを右に曲がってください」
「はい、右」
言いながらハンドルをくるりと捌く。看板に『右に300メートル直進静音温泉』とある。どうやら実家と本当に近いらしい。
「歩いて行ってる人もいますね」
ドライバーの声で外を見る。地元の住人だろうか、手にはお風呂セットを持っている。実家にそろそろ近づいてきた。
「ここです……止めて……く」
そう言いかけて言葉を止めた。タクシーがゆっくりと停車した。止まったのは静音温泉の前だった。頭の中を整理する。えっと、家は……。
「すみません間違えました」
その後、実家の前の道を3度Uターンしてタクシーを降りた。結論を言おう。実家は静音温泉になっていた。
辺りを探せど探せど見つからないので温泉を訪れるとフロントで働いていた涙目の弟永利を見つけた。顔をみるなり「姉ちゃん!」と叫んだ。
家族によると実家を改修して名湯を掘り当てたが、それに気をよくしたじいちゃんの一存で実家を取り壊し、そこに施設を建て温泉の家族経営を始めたのだと言う。

――どうしてこうなった?

温泉につかりながら、あの家思い入れあったのになあと残念がる。

『静音の湯元はいいとっころ〜、源泉かっけ流し〜、家族っみんなで露天風呂〜』

ほんのり泣けてきた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン

ピックアップ作品