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僕らの窓

19/04/14 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 千日 閲覧数:114

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実家のリフォームをすることになった。
 大々的にやらねばというので、四十を過ぎて未だ独身の僕はせめてもの親孝行にといつもならメジャーデビュー前の地下アイドルにつぎ込まれるはずの金を奮発し、独創的な空間づくりが評判の建築家Rを呼んだ。Rは早速やってきて、バリアフリー、エレベーター、床暖房、ヒートショック対応トイレなど快適な空間を提案した。父は聞いただけでお腹いっぱいになってしまいほぼ夢見心地でただうんうんと頷くばかりだったが、母はメンテナンスが面倒だからエレベーターは不要だの、トイレに手すり代わりの懸垂機をとりつけろなどと現実的かつ効率的な口出しを矢継ぎ早に挟んでいき、Rは忙しく設計図を描き換えた。設計図がほぼかたまったところで、建築家Rはおもむろに切り出した。
「あとは、窓になります」
 建築家の真骨頂というべき箇所は窓なのだ、とRは熱く語った。大きい窓か、小さい窓か。凝ったものにするか、シンプルにするか。家の「顔」や「性格」までが窓で決まるという。
「父さんは、小さい窓でいいよ。星でもみられればなおいいね」
 父がいうと、
「あたしは大きい窓がほしいわ。最近耳が悪くなってきたから、十キロさきの波音もよく聞こえるように大きくしたいの。なんだって大きいのはいいのよ。ブロック肉も大きいほうが美味しいし、子どもの服も大きめのにすれば長く着られるのよ。」
 フックに吊るされた豚を前に母が言った。そういえば僕は二歳から十歳まで裾上げを少しずつ下ろしながら同じ服を着つづけていたなと唐突に思い出し、思わず母をみたが、母は「今日はトンカツよ」と笑うばかりだった。Rはどんと胸をたたいて請け合った。
「では、おふたりがきっと満足できるような、大きい窓と、小さい窓を、つくることにいたしましょう」
 いよいよリフォームが完了した。床暖房、バリアフリー、牛二頭が解体可能なキッチンに二十五メートルレーンのついた風呂、筋肉増強機能つきトイレ、そして、窓! Rはそれぞれ吹き抜けの天井とキッチンの換気扇横に、小ぢんまりした可愛らしい天窓と、床まで届く大きくて立派な窓を取り付けていた。
「うんうん。こんなのが欲しかったんだ」
 父は早速、独身時代から大事にしている天体望遠鏡で天窓から空をのぞいた。窓の向こうには星空がいっぱいにひろがっていた。思わず歓声をあげると、その声におどろいた小さな星の子が落ちてきて、「こんにちは」とあいさつをした。星の子はそれは愛らしく、父は家の片づけを放りだして、地球ははじめてだという星の子といそいそと観光に繰り出した。
 一方、大きい窓には、波が寄せていた。
「潮の香りがのどにもよさそう」
 母はふんふんと鼻歌をうたいながら窓に釣り糸を垂らした。すぐにアタリがあった。リールを巻くと大きなサメがもがきあがってきて、するどい歯で母に飛びかかったが、母は冷静にサメの鼻面を力いっぱい殴りつけた。
「悪戯をする海豚がはいると困るから、使わないときにはしっかり網戸を閉めておかなければね」
 そういうと、母はサメの解体の手伝いをさせるべく、僕を呼びつけた。
 夕方、父はたくさんの土産をかかえて星の子と帰ってきて、母を呼んだ。
「あらあら。片づけをほうりだしてどこへ行ったかと思っていたら」
「悪いとおもったので、土産を買ってきたよ。」
 母は恨み言を口にしながらも早速父が差し出した包みをひろげた。新しい着物だった。
「この子が見立てたんだ」
 父が星の子の頭をなでる。傾奇者が着るようなすさまじい柄だったが母には誂えたように似合っていた。母は着物を羽織ってくるりとまわってみたり、肩に当てため息をついたりとひとしきり鏡の中の自分を堪能し、父と星の子と僕のぐううと鳴った腹の音でやっとエプロンをつけた。
「ちょうどかまぼこをつくったのだったわ。さあ、星の坊やもどうぞ」
 こうして僕らは蒸かしたてのかまぼこを存分に食べ、ぱんぱんになった腹をさすって満足のため息をついた。小さい窓を見上げれば星が輝き、大きい窓からは、静かなさざ波の音が聞こえてくる。星の子はやがてこっくりこっくりと舟をこぎはじめた。
 母は星の子に、子供には大きすぎる夜着を着せかけてやりながら、しみじみと言った。
「あんたがいつまでも結婚しなくてやきもきしたけれど、こんな可愛い子の世話ができるようになるなんて、人生捨てたものじゃないわねえ。」
「……まあ、長生きしてよ、ふたりとも。」
 一瞬殺気をふくんだ母の視線にぞくりとしながらも、ぼくは曖昧な笑みを返した。
 父と母は、ときどき使う窓を交換しつつ、平穏に暮らしている。星の子はすくすくと育ち、来年から地元の小学校に通うそうだ。僕はといえば、未だ結婚相手はみつからないものの、実家に帰る回数が少し増えた。


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