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田辺 ふみさん

性別 女性
将来の夢
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夢の我が家

19/04/14 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 田辺 ふみ 閲覧数:80

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「ただいま」
 大きな声を出して、古い木製の引き戸を開けた。
「お帰りなさい」
 玄関には母が待っていた。
「疲れたでしょう」
「いや、荷物もないし、平気」
 上がり框に腰を下ろして、靴を脱いだ。
 裸足で床を歩くと、ひんやりとした感触が伝わって来る。
 古い家独特の木と線香と何かが混じった匂い。
 ああ、家に帰ってきたんだ。
「お茶にするね」
「あ、これ、お土産のお菓子。一緒に食べようと思って買ってきたんだ」
 鷹屋の羊羹。
 田舎の羊羹とは違うと母が繰り返し言っていた羊羹だ。
「ありがとう」
 母はにっこり笑うと台所に行った。
 わたしは客間に入ると、仏壇に向かった。
 線香を立て、手を合わせた。
 先祖や父にあいさつするというより、母のことをお願いしてしまう。
「お茶、入ったよ」
 母がお盆で羊羹とお茶を運んできた。羊羹の皿は三つ。その内、一つを仏壇に供えた。
 丸いちゃぶ台に向かい合って座ると、母の小ささが目につく。
 こんなに小さかったっけ?
 手を握りたいのを我慢する。
「みゆきさんや一也は忙しいの?」
「うん、母さんによろしくって」
 二人が来れないのはお金が足りなかったからだ。わたしの稼ぎでは無理だったなんて、そんな恥ずかしいことは母にはとても言えない。
 羊羹を口に含むと、上品な甘さが広がった。
 これはすごい。
 母も満足そうだ。
 母にスマホの写真を見せた。
「ほら、一也のサッカークラブが県大会で準優勝したときの写真」
「一也の運動神経がいいのはお父さんに似たからかねえ」
 母が仏壇の上に目をやった。
 父の写真が飾ってある。その横には祖父母の写真も飾ってある。
「そうかも」
「ただ、お父さんみたいに浮気性にならなければいいけど。一也だけじゃないよ、あんたもだよ」
「大丈夫だよ。真面目だから」
 母はわたしの言葉を聞いているのか聞いていないのか、ため息をついた。
「お父さんはいい男だったからモテてねえ。お母さんはどれだけ、泣いたか」
 写真の父はさっきより、男前になったようだ。
「そういえば、誰かいい人はいないの? そろそろ、結婚を考えてもいいんじゃないの?」
 さっき、みゆきや一也の話をしていたのに、母の頭の中で、わたしは結婚前の息子に戻ってしまったらしい。
「うーん、お父さんみたいにモテるわけじゃないからね」
「早く結婚して、お母さんを安心させてよ」
「わかった」
 わかったとしか、答えられない。
 いつの間にか、ちゃぶ台が立派な座卓に変わっている。横に彫刻の入った長方形の座卓だ。父が生きていた頃に使っていた座卓より彫刻が豪華だ。
 周りを見ると、柱が変わっていることに気づいた。わたしの背比べの跡が残っている。
 三年前に処分した和箪笥が復活した。きっと、中には着物がたくさん入っているのだろう。
 母の思いはどんどん昔に向かっていく。
 ビーッ。
 わたしのスマホが鳴った。
 時間切れだ。
「お母さん、そろそろ、帰るよ」
 声をかけると、母は不思議そうにわたしを眺めた。
「どちらさまで?」
 もう、わたしのことが思い出せないらしい。
「お父さんの知り合いです」
 そう言うと、母の顔が明るくなった。
「それでは、失礼します」
 父の知り合いのように礼儀正しくおじぎをした。
 母もおじぎをした。
 その途端、景色が変わる。
 田舎の家は消え失せ、わたしは白いベッドの上に寝ているだけだ。
 頭につけていたVRヘルメットをはずすと、老人介護施設の職員に渡した。
「いかがでしたか?」
「うん、よかったよ。母も楽しそうだった」
 高価なだけのことはある。今はない実家が本当の現実にしか思えなかった。
 隣のベッドではまだ、母がVRヘルメットをつけたまま、眠っている。
 穏やかな笑みを浮かべていた。


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