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本宮晃樹さん

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故郷から五万二千天文単位

19/04/14 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:143

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「なぜ地球だけを特別視するのか、わたしは理解に苦しみます」
 鼻つまみ者の生物学者であるフレッド・ホイル・ジュニア氏はさる大学の公聴会で、自説を高らかに開陳しているところだ。
「生物の単一子孫、いわゆるコモノートが地球上において自然発生する確率が非常に低いことは周知の通りであります」
 公聴会に訪れた人びとはしらけていた。彼らはべつの科学者の演説を聞きにきたのであり、ホイル氏のたわごとなんかにはぜんぜん興味がないのである。
「しかしもし、それを全宇宙に拡大できるとしたらどうでしょう。地球だけでなくすべての惑星、すべての衛星、すべての彗星。それらのどこかで自己複製できるRNAなりDNAなりが生まれたとするなら、絶望的とさえ言える数字にも信憑性が出てくる」
 聴衆の一人が席を立った。話の展開が読めたのである。どうせ先日南極に落下した隕石をダシにして、古くさいパンスペルミア仮説を展開するに決まっている。
「そして先日、南極に落ちた隕石をわたしは綿密に調査しました。これがその驚くべき調査結果であります」スライドに微生物と言えなくもない電子顕微鏡の画像が映し出された。「いかがでしょうか。もし彗星に微生物が発生しうるのなら、四十六億年前、すなわち地球誕生時に同じようなことが起こったと予想していけない理由がありますか」
 気の緩んだ誰かの尻から屁が放たれた。下卑たくすくす笑いがほうぼうから漏れる。
「わたしは宣言します。太陽系外縁を取り巻く彗星の巣、いわゆるオールトの雲に一大生物圏が存在すると!」
 会場を爆笑の渦が席巻した。それは発表者をコケにする悪意の表明であった。

「なあ近藤」ホイル氏はかぶりを振って、「ぼくは悔しいよ。地球生命は宇宙からもたらされたのは確実なのに」
 近藤教授は氏と昵懇の分子生物学者である。専門は動物の冬眠メカニズムなので、コモノートがどうたらいう生物の起源に特別のこだわりはない。だからこそ偏屈な彼とも良好な友人関係を築けているのだ。
「こないだの隕石でみんな納得しないのかい。微生物みたいなのが含まれてたんだろ」
「でっちあげか、特徴的な岩石の構造だとみなされてる」
「DNAかなにか、抽出できなかったのかい」近藤氏はコーヒーをすすり、あまりのまずさに顔をしかめた。
「できたさ。塩基はATCGの四つ、それらが水素結合で二本鎖を形成してる」
「冗談だろ。それが本当なら生物の起源は宇宙だと証明されたようなもんだ」
「だからそう言ってるんじゃないか」
 それから二時間にわたって学会の悪しき保守性、はびこる異説アレルギー、パンスペルミア仮説への不当な蔑視、その他いろいろがホイル氏によって徹底的に批判された。
 このまま宇宙が熱的死を迎えるまで続きそうだったので、教授はころあいを見計らって割り込んだ。「で、きみは結局どうしたいだ」
「なにがなんでも自説を連中に納得させたい」
「なにがなんでも、だな」近藤氏の瞳が怪しく光った。「きみの人生を賭けることになってもか」
 ホイルは厳かにうなずいた。
「冬眠特異的タンパク質というホルモンがある。そいつが脳内に充満すると哺乳類みたいな恒温動物でも極端に代謝を低下させられる。長期的な宇宙旅行にはおあつらえ向きだ」
 偏屈者は目の色を変えた。「それで」
「一人乗りの宇宙船をオーダーメイドさせるだけの金はあるか」
「全財産を処分すれば用意できる」
「決まりだな。オールトの雲まで飛んだらいい。あそこまで一光年弱。秒速百キロで進んだとしても、ざっと三千年はかかる勘定になるな」
 ホイル氏は聞いていなかった。航空宇宙産業のベンチャーに電話をかけていたのである。

     *     *     *

 三十世紀後、地球はある不可解な電波信号をキャッチした。
 それは太陽系の外縁、オールトの雲と呼ばれる彗星密集地帯から届いたものだと断定された。驚くべきことにその電波には人類とおぼしき男性が古代英語でしゃべっている動画と、なんらかの分析結果が添付されていたのである。
 以下はメッセージの全文である。

 わたしは二十一世紀に地球を旅立った生物学者です。別添の資料の通り、オールトの雲は微生物の天国です。彼らはDNAを基幹システムとし、mRNAを介したタンパク質合成までやっている。あなたがたの実家は地球ではなく、オールトの雲だったのです。
 わたしはいま、不思議な気持ちです。まるで本当の実家に帰ってきたような、そんな気がするのです。

 世間が宇宙人の襲来を煽り立てるなか、一人の男だけは彼の正体に思い当たるふしがあった。先祖の分子生物学者から連綿と伝えられてきたあるエピソード。
「フレッド・ホイル・ジュニア」男は浅く目を閉じ、満足そうに電波を発信する先祖の友の姿を想像した。「あなたはやり遂げたんですね」


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