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日向 葵さん

「ひなた あおい」と申します。 小説を書きます。 よろしくどうぞ。 twitter@aoi_himata_21

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失考の幇助

19/04/13 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 日向 葵 閲覧数:172

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「全く、ツイてないな…」
圏外になった携帯電話とエンストした愛車を見て思わず愚痴がこぼれた。
辺りを見回すと薄い月明かりが深い緑を包んでいる。この様子では車通りは期待できないだろう。一先ず愛車を押して車道の脇に寄せると額から汗が滴った。
「少し歩けば、電波が入るかもしれない」
丁度良く火照った体をそのままに薄明るい夜道を歩くことに決めた。

電波こそ入らなかったが、何分か歩くと林の中にポツンと灯りが灯っているのが見えた。
「やはりツイているかもしれない」
灯りの正体は立派な屋敷だった。表札には『石黒』と書かれており、玄関前には小汚い軽トラが止まっている。
躊躇する間もなくチャイムを鳴らすと、一人の若い男が顔を出した。
「どちらさんですか?」
「すみません。山道を走っていたら車がエンストしてしまいまして。携帯の電波も入らんのです。よろしければ電話をお借りしたい」
彼は最初渋い顔をしたが、暫くすると何か思い付いたように顔が明るくなった。
「なら、引っ越しの手伝いをしてくれ。そうすれば電話を貸そう」
特に急ぐわけでも無い。私は二つ返事で了解した。
屋敷の中にはアンティーク調の品々が所狭しと並んでいた。それらが詰められているであろう段ボール箱も幾つか置いてある。確かにこの量の荷造りは大変そうだ。
「電話はどこに?」
私がそう尋ねると、石黒は辺りをキョロキョロと見渡し「お、あそこだ」と小さな黒電話を指差した。黒電話は初めて見たが使い方は何となく知っている。うろ覚えの知識でダイヤルを回すが上手く繋がらない。何度か試行錯誤すると漸く発信音が聞こえてきた。

「ロードサービスは呼べかい?」
電話を終えた私に彼が尋ねた。
「ああ、助かったよ。でも結構時間がかかるようだ」
「じゃあ、それまで箱詰め頼むよ」
石黒から空の段ボールを受け取り、さっそく荷造りに取り掛かった。
「黒電話なんて初めて掛けましたよ」
「ああ、実は俺もうろ覚えだ」
そんな軽口を叩きながら箱詰めは順調に進んでいった。
体が少し怠くなってきた頃
「少し休憩しよう」
どうやら茶を淹れてくれたらしい、石黒はソファに腰掛けた。彼と対面するようにソファに座ると体が深く沈んだ。相当に高級なソファなのだろう。
一息つくと部屋が広くなった気がした。荷造りもだいぶ進んできている。残りは家具と写真立てくらいのものだ。ふと、その写真に目が行った。そこには老夫婦が仲睦まじく身を寄せ合っていた。
「あれは石黒さんの両親かい?」
彼はぼおっとして、反応しなかった。
「…石黒さん?」
「ん? ああ、どうした?」
再び呼びかけると我に返ったように反応した。相当疲れているのだろう。
「写真は両親かい?」
「…ああ、まぁな。この前二人ともぽっくり逝っちまってな。この実家も古いもんだから、遺品整理がてら引っ越すことにしたんだ」
石黒はそう言うと少し顔を伏せた。少し突っ込み過ぎただろうか。
「まぁ、休憩はこれくらいにして、さっさと終わらせましょう」
「ああ、そうだな」
茶を一気に飲み干すと再び作業へ戻った。

そこからのペースは早く、気が付くと荷造りは終盤に差し掛かっていた。ふと腕時計を見る。そろそろロードサービスの到着時間が迫っていた。その前にトイレに行っておこう、先程少し茶を飲みすぎたかもしれない。
「お手洗いをお借りします」
「ああ」
彼は荷造りに集中している様で、虚ろな返事だった。せっかく集中しているのだ、邪魔をする訳にもいかない。トイレの場所は分からなかったが探せばすぐ見つかるだろう。
部屋から出て廊下を進む。暗い廊下には同じような扉がいくつも並んでいる。これは一つずつ開けて周るしかあるまい。
これかと思い、一つの扉をゆっくりと開けた。


すると突然、むせ返る様な鉄の香りが鼻腔を刺激した。

「は…?」

頭が理解を拒む。そこにあったのは写真の老夫婦の亡骸であった。鋭いナイフが刺さったまま部屋を赤黒く染め上げている。

そうか彼は『石黒』などではなかったのだ。
渋い顔をしたのも、
黒電話の位置を把握していなかったのも、
石黒と呼ばれて反応しなかったのもそのせいだ。

もし本当にここが彼の実家であったなら家にある黒電話の掛け方を知らない筈がない。
すると彼が行っていたのは引っ越しなどではない…。表に止まっている軽トラが頭に浮かんだ。

後ろから彼の足音が聞こえて来る。

「まったく、ツイてないな…」

思わず口からこぼれた愚痴は微かに震えていた。


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