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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで5年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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あやかしの家

19/04/09 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 冬垣ひなた 閲覧数:192

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 高度経済成長期の只中にあって、鬱蒼とした樹木に守られるその山は、誰からも忘れられていた。青年が9年ぶりに訪れた父の屋敷も、苔むした廃屋と化し、かつての栄華は見る影もなく荒れるがままにされている。
 悟は少年の頃の記憶を辿り、土足で縁側から屋敷に上がり込む。広大な敷地は動物の住処となっていて、森の中にいる錯覚をしてしまう。
 抜け殻となった家の中を、見えるはずもないのに、悟は美鈴の姿を探した。
 数百年の齢を経たあやかしを、少女……と呼んでいいのだろうか。
 けれど美鈴は、悟のたった1人の友達だった。

 
 父が外で作った子だった悟が、強引に屋敷へ引き取られたのは7歳の時だった。跡取りにという名目だが、正妻は悟に八つ当たりし、その上に父は躾が厳しく子に口答えを許さない。麓の学校へは車で送迎してくれるものの、おとなしい悟は新しい家族の顔色を伺いながら育つしかなかった。
 役人を動かし町に鉄道の駅を誘致し、こんな山奥に立派な道を作らせるほど羽振りのいい父が、なぜ不便な暮らしを選ぶのか。最初は分からなかった。
 築100年にも及ぶ屋敷ともなれば、怪異も不思議ではない。ある日悟は珍しい小鳥が飛んでゆくのを見て、普段は近づかぬ奥座敷の方へと駆けた。
 ……藍染の着物を纏った少女が、庭で小鳥と戯れている。自由なさまに心惹かれ、悟が声をかけようとしたとき、気付いた。地面には小鳥の影だけが踊っている。少女は悟の姿を見て驚いたように身を翻したが、彼は「待って」と呼び止めた。
「私が、怖くないの?」そう言って袖を振ると、透き通る鈴の音が響いた。一人ぼっちの悟には、彼女が羨ましく思えて、恐る恐る「友達になろう」と声をかけた。
 それが美鈴との出会いだった。
 座敷童子と呼ばれる類のあやかしで、大人の目には映らないのだそうだ。悟の曽祖父の時代からこの屋敷に住み着いて、彼女は家に幸運と富をもたらしてきたという。あやかしの守護で、一族は栄えてきたのだ。
 悟は暇を見つけては、美鈴と遊ぶようになった。特に屋敷の庭は広く、格好の遊び場だったから、日頃の辛さを忘れるほどに楽しかった。
「当主も、昔は私と遊んだものよ」
「あの厳しい父さんが?」
「忘却は人の常。でも平気、慣れているから」
 大人は悟を愛してはくれなかったが、美鈴は冬の木漏れ日のように温もりをくれた。月日は瞬く間に過ぎる。図鑑を手に動植物の名前を覚えるうちに、山の自然にも興味を抱き、美鈴と過ごしながら悟の孤独は埋められていった。
 年を重ね彼が成長してゆく隣で、美鈴は幼子のまま無邪気に笑う。
 悟が望んだのは、そんな穏やかな日々だった。
 
 山を売り、切り崩して宅地開発に乗り出す。晩酌の席で父が言い出したのは、悟が中学校へ入学した年だった。
「こんな辺鄙な山が札束に変わるとはいい時代になった。こんな陰気臭い家とはおさらばして、もっと豪華な屋敷を建ててやる」
 美鈴の恩恵を忘れた父は、金の亡者になっていた。従順だった悟は、初めて父に怒りが込み上げ、激しく口調を荒げた。
「心を捨てる気ですか、一族が守ってきたのは富だけではないでしょう!」
「聞いたような口を利くな、下らん事を」
 酔った父にしたたか殴られた後、悟はやり切れない気持ちで、美鈴に会わない日が続いた。しかしその眼差しに宿った山を愛する想いは、日に日に強くなっていく。
 ある夜、寝苦しさに目を覚ました悟の枕元に、美鈴が膝をついている。
 ぼんやりと光る彼女の姿が透けて、向こう側の障子が見えた。
「忘れられてもいい。悟になら」
「美鈴……!」
 もう子供ではいられない。別れを選んだのは悟だった。
「嬉しいよ、悟はもう自分の道を歩いていける」
 リンとひときわ鈴の音が冷たく響き、美鈴の姿が消えた。悟が、子供の階段を上り切ったのを見届けたように。
「もといた家へお帰り。私も屋敷を去るとしよう」

 悟は夜明けを待って屋敷を抜け出し、実母のもとへ戻った。連れ戻しに来た父と揉めて騒ぎになったが、幸い警察が間に入って事を収めた。
 座敷童子が去った家の運は、すぐに傾いた。あれから山を売る話は白紙に戻り、度重なる事業の失敗で富の尽きた父は気力が萎えて、今では性格も丸くなったという。没落した家に頼らず苦労して大学へ入った悟はといえば、環境問題を考える研究者を目指している。
 

 不浄が消え、緑に覆われた屋敷から青空を眺めると、小鳥のさえずりが懐かしい。
 ずっと忘れなかった。心の片隅で案じていた。美鈴は今頃どこにいるだろう。開発が進み、私利私欲に走る者が増え、住処となる家に困っていやしないか。消える寸前の、精一杯の笑顔が悟の胸に甦った。
 小鳥が、不意に悟の肩に舞い降りてくる。
 彼にはもう聞こえない鈴の音が、空気を震わせ、弾むように近づいた。


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