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本宮晃樹さん

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遠すぎた実家

19/04/07 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:120

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 異変に気づいたのは新幹線の指定席を予約したときだった。
 携帯端末の画面を前にして目をしばたく。チケットの料金が値上がりしていたのだ、それも万単位で。
 ただでさえあまり帰省したくないというのに、大幅に値上げをされたのではかなわない。
 鉄道会社のホームページを漁ってみるも、値上げの理由はどこにも見当たらない。これほど一方的に高額な値上げをするのはよほどの理由がない限り難しい。たとえば一夜のうちに実家が百キロほども遠ざかるとか。
 冗談半分で調べてみた。
 実家は本当に遠ざかっていた。名古屋市から百二十キロも。

 アル中の人間というのは実験行動学でおなじみのスキナー箱的なふるまいを示す。
 アルコールを与えれば鎮静化し、アルコールを与えなければ暴れ回る。ふたつのうちのいずれかだ。
 東北の田舎には娯楽が少ない。住民は限られた選択肢のなかから余暇をつぶす方法を選ばざるをえず、そのなかでもっともお手軽なのがアルコールだった。
 父はその罠にはまった。彼はスキナー箱に入れられたラットと化したのだ。
 わたしと妹と母親は懸命に支えたけれども、父は暴力と罵詈雑言で家庭内を支配し続けた。
 わたしたち兄妹は母が殴られているのを尻目に、いつも部屋の隅で震えていたものだ。

 翌日、なにかの見まちがいだと結論してもう一度、実家までの距離を調べてみた。
 東北は二百キロも余分に名古屋から離れていることになっていた。昨日より八十キロもさらに遠ざかった勘定になる。
「なあ柏原」となりに座っている後輩に話を振ってみた。「東北っていつからこんなに遠くなったんだ」
「なんの話なの、急に」後輩は目を丸くしている。「謎かけかなにかですか」
「ここ二日ほどのあいだにぼくの実家が二百キロばかり遠くなったみたいでね」
 額に手を当てられた。彼女の白い手はひんやりと冷たかった。「熱はないみたいですけど」
「大マジなんだけどな」
「大マジだって主張するなら、桐谷先輩の実家が遠ざかった証拠を見せてください」
 わたしは端末を操作し、彼女に手渡した。後輩は首を傾げて、「で、これがなんなの。東北までならこれくらいの距離でしょ」
「柏原まで壮大なペテンの一味だってのかい」
「よくわかりませんけど、あたしは嘘なんかついてないです」瞳が深刻そうな色を帯びた。「先輩、ほんとに大丈夫ですか」

 アル中親父はその後も順調にみずからの脳と肝臓を破壊し続け、ついに限界が訪れた。
 肝硬変と精神異常を併発し、父は日がな一日中病院のベッドでぶつぶつ独り言をつぶやく死に体と化した。
 母と兄妹は救われたのだ(ちなみに父は障害者手帳を交付され、医療費は全額免除された。福祉国家ばんざい)。
 家庭に平和が訪れたように思われたが、看病疲れの反動から今度は母がアルコールに手を出した。
 その後どうなったかは述べるまでもない。廃人がもう一丁上がったのである。
 わたしは郷里から逃げ出したが、妹は地元に残った。
 つい先日、その妹から両親が危篤だという報せが入ったのである。
 しぶしぶ帰省の段取りをつけようとしたところで、例の信じがたい事実に直面したのだった。

 後輩に諭された翌日、もう大丈夫だろうとみたび調べてみた。
 東北地方は日本の領土でないことになっていた。調べた限りではロシア領なのだそうだ。
「なあ柏原」平静を装いつつ、「最近ロシアと戦争なんかやったっけ」
「あたしの知る限り、ないと思うけど」
「東北地方ってロシア領らしいぞ。知ってたか」
「知ってたもなにも、終戦直前のヤルタ会談でそう決まったじゃないですか。九州は中国領、関東はアメリカ領、東北はロシア領。で、いまだに返還されてないのが東北地方でしょ」
「そうだったな、すまん」
 急いで歴史を調べてみると、確かにその通りの記述があった。
 頭が痛くなってきた。

 帰省に気が進まないのは両親のことだけではなかった。
 妹とも確執があったのだ。彼女はわたしを逃亡犯だと厳しく罵倒し続けた。
 その通りだ。文句あるか。

 東北地方がロシア領になった翌日、パスポートの申請が億劫だと思いながら念のため、調べてみた。
 東北地方は渡航禁止になっていた。冷戦終結後、共産圏から世界中へ拡散した水爆がテロリストの手に渡り、そのうちの数発がかの地で炸裂したのだそうだ。
 柏原に聞いてみたが、やはり誰もが知っている歴史的事実であるらしい。
 わたしは当時、東北にまだいたはずだ。歴史が本当なら生き残っているはずがない。
 けれども確かにわたしはいまここにいて、実家は水爆によって消し飛ばされた。
 アル中の両親と、口やかましい妹とともに。
 それならばなぜ、細かい矛盾を気にする必要がある?
 実家に帰らなくていい。すばらしいではないか。


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