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文月みつかさん

すてきな本や物語にたくさん出会って、いろんな作品を楽しく書いていけたら幸せだなと思います。

性別 女性
将来の夢 ポジティブな人間になる
座右の銘 寝る子は育つ

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あの子の故郷は遠い地の果て

19/04/02 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:2件 文月みつか 閲覧数:110

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 昼時の学食は食べ物の匂いと学生たちの活気に満ちていた。
 マーニャは「いただきます」と手を合わせ、塗り箸で華麗に醤油ラーメンをすすった。
「いつもラーメンで飽きないの?」
 私が聞くとマーニャは少し首を傾げて答えた。
「今日は少し塩気が強いです」
「つまり毎回微妙に味が違うのを楽しんでいると?」
「はい。ラメンは私が日本にやってきた主な理由の一つです」
 マーニャは蓮華でスープを一口すすって小さくため息をもらした。きっと食堂のおばちゃんも本望だろう。
「たしかに学食にしてはレベル高いかもしれないけど」
 私は今朝コンビニで買った焼きそばパンをかじる。
「さすがに毎日食べようとは思わないなあ」
「歌穂さん、食べながらしゃべるとこぼしますよ」
 平気平気、といったそばからパンくずがテーブルに落ちる。
「そういえばさ、この前実家から米と野菜が送られてきたんだ。どうせろくな食生活してないだろうからって、お母さんが。わざわざ送料払って送らなくても、近くにスーパーぐらいあるっての」
「素敵なお母さんですね」
「そう?勉強してるかー、彼氏できたかーってうるさくてしょうがないんだけど。これを日本語ではお節介という」
「勉強になります」
 マーニャはにこにこと私の愚痴を聞いている。
「でも歌穂さん、嬉しそうです」
「ぐぶっ」
 コーヒー牛乳がのどの変なところに入った。
「……マーニャはホームシックになったりしないの?」
「故郷が恋しいというやつですか?あまりないですねえ」
「でも、すごく遠いところから来ているんでしょ?なんていったっけ……」
 すかさずマーニャが破擦音の入り混じった国名をいうが、発音が複雑すぎて私の耳では上手く聞き取れない。容姿から察して漠然と東欧あたりなんじゃないかと想像している。
 実はマーニャというのも本名ではない。本当の名前はもっと長くて複雑なのだけれど、やはり何度聞いても私の口では上手く再現できないので、愛称でマーニャと呼んでいる。もととはかなりかけ離れているけれど。
「私の故郷は閑散としていて画一的で、退屈なところです。戻りたいとは思いません」
「画一的……」
 ふるさとを表現するにしては変わった言葉だ。マーニャの日本語は流暢だけれど、ときどき思いもよらないセンスの単語が飛び出してくる。本当は荒廃しているとか辺鄙で何もない田舎だといいたかったのかもしれない。いずれにせよ、あまりよく思ってないみたいだ。
 そういえばマーニャは自分のとこをあまり語らない。私が知っているのは海外からの優秀な留学生であることと、ラーメンをこよなく愛しているということくらいだ。
 まあ、別にいいか。マーニャがどんな生い立ちであれ、気の置けない昼メシ友達であることに変わりはないのだ。
「ごちそうさまでした」
「えっ、早い」
 いつのまにかどんぶりの中はコーン一粒残らずきれいに平らげられていた。
「ぐずぐずしていると麺が伸びてしまいますから」
 夕飯はカップラーメンにしようと心に決める。「こらっ」とお母さんの小言が脳をよぎる。

「……以上で報告を終わります」
 異国風の女が事務的な口調で告げると、タブレット画面の向こうの男はため息をついた。
「どうかされましたか?」
「とぼけるな。お前の赴任先では落胆したときにこういう身振りをするのだろう」
「ほかにも心配なときや感動したときにもため息をつきます」
「そんなことより、なんだこのレポートは。ラメンとやらの具材、味、適切な食べ方についてしか書かれていないじゃないか!食文化全般に関してならまだしも、特化しすぎて役に立たん」
「お言葉ですが、ラメンには人を動かす力があります。日本にはラメンだけを食し崇める祭りすら存在するのです。ラメンの可能性は無限大です!」
「フマニダージット、私はお前の適応能力の高さと熱意を買って特使に推薦した。しかしそれは間違いだったようだ。我々が人類との間に友好関係を築く価値があるか否か、こんな情報は判断の材料にならん」
「なぜです?これほどすばらしい食文化を持っているのだから、彼らの文明がいかに洗練されたものか十分伝わると思ったのですが」
「今すぐ痕跡を消し、シェルターに戻れ」
「嫌です。私には人類と共存する道を拓く使命があります」
「フマニダージット、指示に背くことは重大な規則違反だ。君は職を失うばかりか故郷から追放される。わかっているのか?」
「私はマーニャとして生きていきます」
 女はタブレットの電源を切ると小型のチップを抜き、速やかに破壊した。
「こういうの、歌穂さんはなんといっていましたっけ?」
 しばらくしてマーニャはポンと手を叩いた。
「そうそう、『メンチ切る』でした」
 それから少し首をひねり、「メンチカツを切るのと関係があるのでしょうか?」と独りごちた。


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このストーリーに関するコメント

19/04/06 文月めぐ

拝読いたしました。
面白い設定とエンディングでした。

19/04/08 文月みつか

文月めぐさん
コメントありがとうございます。
「メンチ切る」はメンチカツとは関係ないらしいです。

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