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こまっちょさん

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僕と父のちょっと

19/03/29 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 こまっちょ 閲覧数:109

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 僕の実家は小さな酒屋。
店主はタバコと酒を愛する父。
いつも酒くさい。禁煙したって、家族から煙たがられる。そんな存在。

「おい、ちょっと来い」

 父は「ちょっと」が多い。そして話もちょっと長い。勉強から生活態度まで。
無理もない。うちには母ちゃんがいない。でも反抗期。うるさい父。それは靴の裏にこびりついて離れないガムのよう。ガムならまだマシだ。目立たないし最悪靴を捨ててしまえばいい。しかし、父はそうはいかない。親は子を選べないと言うが、その逆もさらなり。まさかこれが運命の赤い糸?いや、糸ならまだいい。切れるから。父に関してはもはや鎖。
「ちょっと来い」
 ぼくの手首をつかむ父の手。それはまるで手錠。その日は仕事のことで言われた。僕は父を手伝いながら青春を謳歌していた。「ちょっとは手伝え」「うっさいんだよ」僕は「手錠」を振り切った。「おい、ちょっと待て」父がまた手錠をかける。でもまた僕が振りほどく。そのときだ。父のポケットからタバコが落ちた。まだ吸ってるのか。あれだけ医者にやめろと言われたのに。父は高血圧。確かに血圧も高いがプライドも高い。人から指図されることが大嫌いで、医者であろうと容赦ない。僕はそんな父がまた嫌いだった。
 僕は落ちたタバコの箱を拾うなり、家を飛び出した。減ったタバコを見るたび知ってゆく。父の弱さ。父の愚かさ。僕はそれきり家に戻ることはなかった。それから始まった一人暮し。仕事もない。予定もない。すべてが自由。父のいない生活は砂糖にはちみつをかけるくらい甘かった。しかし、そんな生活も長くは続かない。貯金は底をつき、ガスも電気も止められた。暗がりの中で光を探すように求人広告をめくる。その手に力はない。話す相手もいなければやる気も起きない。

 あったかい風呂に入りたい。炊きたての白米が食べたい。父に叱られたい。父に褒められたい。ゆさぶったり、きゅっとしめつけたり。父との暮らしは心のストレッチなのかもしれない。心は、ちゃんと動かしていないと、動かなくなってしまう。さびつくんだ。水を飲まないと、のどが渇くように。父がいないと、心が渇くような気がする。
 僕はふらっと外へ出た。そして漂流するように実家に着いた。すると父が出てきた。相変わらずくわえタバコだ。
「なんだ、忘れ物か」 
 そう言って近づいてくる。僕は父をよけた。しかし、煙はぶつかった。臭い。三日間履いた靴下より臭い。僕が怪訝そうにしていると
「ちょっと座れ。ちょっと待ってろ」
 そう言って父は台所に向かった。
「おい、ちょっと飲んでけ」
 父は知っていたんだ。僕の心がカラカラに渇いていること。それを潤すように酒を出した。
僕は初めて父に酌をした。
「つぐなら、酒より家だろ」
 そんな父のちょっとしたジョーク。強ばった顔が弛んだ。やさしい会話がちょっと増え、正座の足もちょっと崩した。「ちょっと」したことから、また親子になってった。最後に出てきた僕の大好きな玉子焼き。昔は毎日食べた。でもひとりでは作れないし、食べることさえできない。なくして気づく大切さ。でもこうしてなくならずに存在する偉大さ。「ちょっと食ってみろ」なんとも上から目線。だけど僕にもプライドがある。だからうまいとは言わない。しかし残さず食べる。それは僕の「ちょっと」した親孝行。

「おい、ちゃんと食ってんのか」
「お前、ちょっと痩せたな」
「たまにはちょっと帰ってこい」
 相変わらず父はスピーカーのようにうるさい。でもどこかシャワーを浴びるように気持ちがいい。帰りたくない。でも終電まではあと少し。ここにいたい。でも言い出せない。秒針の音に決断を迫られ、僕は目をつぶった。来るな、終電。止まれ、時間。湧くな、寂しさ。こらえろ、自分。
 僕はすっかり子どもに返ってしまったんだ。親から離れない赤ん坊のように。こんな臭い父でも、うるさい父でも、僕の渇いた心を潤してくれる。そうか。父の存在は心の非常食なんだ。でも、僕は帰ることにした。
「ちょっともう帰る」
「もうちょっといろよ」
 そんなふうに引き留める父。その顔を見ようとしても見えなかった。こらえていた涙が目を塞いでいた。
「また来るよ」
「そうか、そう言えば」
 思い出したように父が言う。仕事?貯金?家?いや、なんだ?父は恥ずかしそうに言った。
「彼女は、まだか?」
 僕は赤面。思わず下を向いた。
「それは、ちょっと」
 二人の間に微妙な空気が流れた。でも笑って実家をあとにした。
 それからというもの僕らはお互いプライドの殻を破り、玉子焼きみたいなふわっとした仲になった。


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