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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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夏の夜明けを抱いた詩人

19/03/24 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:212

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 何より凡庸な平俗さを嫌ったという詩人の家があるシャルルヴィルにやってきた私は、とめどなくこみあげる感動にしばらく言葉をなくしていた。
 若くして世界中の詩人たちを驚愕させた詩を書き綴り、わずか二十歳でいっさいの詩業を放擲してその後数奇な運命をたどり37歳でこの世を去った天才詩人がこの家で生まれたとおもうだけで、私は全身に鳥肌がたつのをおぼえた。
 私がいまこうして詩の世界で生きているのも、学生時代に彼の詩にめぐりあい、それまでに読んだどの詩からもうけたことのない異常なまでの衝撃と感銘にあたまをがつんとやられたことがまさしくきっかけだった。
 私は彼の、誰もが認めるその難解な詩を理解したとはいわない。しかし理解はしなくとも言葉そのものがもつ澄み切ったきらびやかさ、それに魂をゆさぶるような独特のひびきに魅せられてみずから詩作のみちにはいってからもつねに、あたまには彼のことが張り付いてはなれなかった。
 人間が純粋でなくてどうして、純粋な詩が作れるだろう。なるほど詩を書かなくなった彼は、その後の人生において様々な職業につき、商人としてぬけめのない一面もみせているが、それはもはや詩人としての彼ではない。彼が詩人として最も高いところにあったとき、彼の手からあふれでた言葉は磨きたてられた宝石のような輝きをはなっている。正直詩を棄てた後の彼に、まったくとはいわないまでも、関心はたしかに薄い。その彼を鑑にしたいとはおもわないし、またできるはずもない。私が心からあがめ、たとえ一ミリでもちかづきたいと渇望してやまないのは、神のごとく純粋無垢、無限の優しさをもち、下卑た愚劣な世間を悲しみにみちたまなざしで見据える詩人としての彼以外のなにものでもなかった。
 私は、彼の詩を暗唱しながら、シャルルヴィルの町中を、彼があるいたであろう場所をたどっていった。広場、図書館、そしていまなお古い水車小屋が保存されているムーズ川のほとりを、ゆっくりと散策した。
 百年以上前、彼はたしかにこのあたりを、胸をはり、飄々とした足取りでさまよい歩いていたのだ。
 詩人は、夏の夜明けを愛し、細道ででくわした一輪の花に目を奪われ、湖の底にモダンな建造物を、もろもろの怪物たちや、超自然のできごとをながめ、そして魔法の炎を信じた。
 通俗なものにならされ、科学の杖に支えられてしか一歩もあゆむことのできなくなった現代人にはけっしてみることのできないそれらの奇跡を、彼はてもなくその目でみたのだ。
 私もまた、彼がみた不思議と、魔術におおわれた大地を、せめて一瞬でもいいからこの目で目撃したいとおもって、たゆまなく心を磨きつづけてきた。世間の生温い風に吹かれているとつい、しらないあいだに体にぜい肉がつくように精神に、ともすれば錆がこびりつくのを、徹底した自己批判と欺瞞にみちた人々をとおざけることによってふせいできた。そしてきょう、この田舎町にやってきて、じぶんをそのような境地に高めてくれた詩人の生まれた家をみ、詩人がそだった環境にふれ、ますます気持ちは高揚をしめして、もしかしたら、かつてあじわったためしのない詩境がひらけそうな予感に胸をおどらせた。
 そんなインスピレーションにみちびかれてあるいているうちに、ふいにとぎれた家屋のむこうに、午後の陽射しに光り輝く川面があらわれた。
 ある種の予感に私は、青々とした流れをみせる幅のひろい川のふちにちかづいていった。
 もしかしてこの川は、彼の詩にうたわれている、あのオワーズ川ではないのか。誰かにそれをたしかめようと、私はあたりに人影をさがした。
 すると川べりに生えたヒースのそばに、ひとりぽつんとたたずむ若者の姿があった。川のほうをむいているので、こちらからは顔がうみえない。なにかしら一心に、てりはえる水面に、みいっているようにみえた。
 私はおどろかさないようにと、足音をしのばせて彼のいるところにちかづいていった。
 背は高く、長い腕とあし、体はがっしりとして、一見農夫のような印象がその後ろ姿からうかがえた。
「すみません。ちょっとおたずねしますが――」
 私の声に、彼はゆっくりとふりかえった。もじゃもじゃの明るい栗色の髪、天使のような無邪気な顔立ち、しかし人を不安にさせずにはおかない青味がかった灰色の目が、ひたとこちらをみすえた。
 私が、あまりに知っているだけにかえって、すぐには名前がでてこなくてもどかしいおもいにかられているとき、若者の顔に、みるみる侮蔑の念があらわれるのがみえた。百年あまり過去に、世の俗悪にそまった唾棄すべき人間をまえにしたとき、すべてを見通す目をもった詩人がみせたのとおなじまなざしがいま、こちらに浴びせられるのを私はかんじた。


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