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文月めぐさん

第144回時空モノガタリ文学賞【事件】にて、入賞をいただきました!拙い文章ではありますがよろしくお願いします。コメントもできるだけ書いていこうと思います。Twitter→@FuDuKi_MeGu

性別 女性
将来の夢 作家
座右の銘 失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる。

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母の掌と閉じられた家

19/03/24 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 文月めぐ 閲覧数:125

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 右足が階段を踏み外したのが、やけにはっきりとわかった。階段を一段飛ばしで駆け上がっていたぼくは、ゴンゴンと嫌な音を立てながら、背中から滑り落ちていった。当時小学校一年生だったぼくは、母が仕事から帰ってくるまで階段の下で泣きわめいていた。
 帰ってきた母が一目散に駆け寄ってきて、ぼくの背中をさすってくれた。その温かさをいまだに覚えている。

 
 年末に熱を出してしまうなんて、ついてない。ちょうど実家に帰っていたから、母にも迷惑をかけてしまったし。マンションの一室で一人寝ていると、窓ガラスに水滴がたまっているせいで外が見えないから、なんとなく世界で一人になってしまったように感じた。暖房をつけている室内は暖かい。そのぬくもりは僕を眠りへいざなうにはちょうど良すぎた。

 昔の夢を見た。小学生の頃の夢だ。もちろん、もう背中のあざなんて残っていないけど、その時の痛みは覚えている。
 母の掌の温かさを感じ取った瞬間、目を覚ました。気がつくと母の掌が額の上にのせられている。その手は昔と変わることなく優しくて、僕は子どもの頃に戻ってしまったように感じた。これも小学生の頃のくっきりとした夢を見たせいだろうか。
「昼ご飯、どうする? おじや作ったけど」
「食べるよ」
 僕はそう言って、ゆっくりと起き上がった。どうやら僕はちょうど昼食のタイミングで目を覚ましたようだ。身体を起こしてわかったが、だいぶん熱が下がったようだ。キッチンへと向かうために部屋を出ていった母の後ろ姿を見て、僕はようやく一人ではないことに安心した。
 階段から落ちて泣いていたぼくが、帰ってきた母を見て一人ではないと察したときのような安心感。もう母を頼りたくないと思っていても、僕は実家が好きで、母の隣を居心地が良いと感じてしまうのだ。

 食事を終えると再び眠っていたようだ。今度は夢を見ることもなく、深い眠りに落ちていたらしい。カーテンが空いている窓の外はすっかり暗くなっていた。うんと腕を伸ばして、背筋をぴんと張る。カーテンを閉めようと窓辺に立つと、ぼんやりと三日月が浮かんでいるのが見えた。少し窓を開け、ひんやりとした空気を招き入れる。その瞬間、ぶるりと身体が震える。まだ熱はあるようだ。
「熱、下がったの? そんなところにいると、身体冷やすよ」
 窓辺でぼんやりとたたずんでいた僕の肩に、母がブランケットをかけてくれた。
「母さん、月が出てるよ。三日月だよ」
 月子という名前の母が特に好きなのが三日月だ。昔はよく夜になると二人で外に出て月を見上げていた。
「わかったから、あったかくしなさいね」
 母は僕の肩を軽くたたいて、窓を閉めた。でも、母は僕をたしなめながらも目には嬉しそうな光を宿らせていた。

 結局、僕は年明けになってもなんとなく体調がすぐれず、社会人になってからの初めての帰省は母に何も親孝行することなく東京へ戻らなければならなくなった。
 
 親孝行なんて、いつでもいいやと思っていた。母が事故に遭ってあっさりと天へ行ってしまったのは、就職してからそろそろ一年が経とうとしていたときだった。
 母が一人で住んでいた家は、住む人がいないということで売ることが決まった。親族たちは一人息子の僕が東京から戻らないことを何も言わずに責めていた。それに対して僕は俯いて、唇をかむことしかできなかった。
 人は、死ぬと星になるということはよく聞く話だ。それを真っ向から信じるつもりはなかったのだが、きっと母は月の近くで輝いているのだろう。僕が物心つく前に亡くなったという父のそばにいるのだろうか。
 葬式が終わり、細々とした手続きが終わったら僕は東京へ行かなくてはならない。その前に一度、もう入ることがないだろう生家に足を踏み入れた。玄関のドアを開けると、すぐに二階へ続く階段がある。僕は幼いころ、ここから転がり落ちた。そのことを再び思い出し、ちょっとだけ笑みが漏れた。
 家の中を一周して、再び玄関に戻ると、僕は思い出の家に向かって深く一礼した。
 もう僕がこの家の階段を踏み外すことはない。


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