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hayakawaさん

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死んだ世界から

19/03/23 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 hayakawa 閲覧数:182

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 大学生の僕らは二人で電車に乗って休日に海に出かけた。海が近づくにつれてわくわく感は高まっていった。
「ねえ、海ってどんな景色なんだろう?」
「さぁ? でもどうして急に海に行きたくなったの?」
「なんとなくだよ。夏休みみたいだろ?」
「まだ夏じゃないわ」
 春香はそう言ってくしゃっと笑った。
 海に着くまでの間、二人でただ茫然と街の景色を見ていた。
「街も変わっていくね。もちろん僕らも」
「そうねえ」
 二人で電車に乗っているだけで僕は幸せだ。空は輝いて見えた。
「ねえ、昔、君は死にたいって何度も言っていたね」
「そうだね。幸せがどこにあるか探していたんだ」
「結局見つかったの」
「さぁ? 今でも幸せの場所を探している」

 うちの実家には猫が一匹いる。その猫は成長が早く、子猫からあっという間に大人のサイズになった。僕は猫が成長している間、なんとなく生きづらさを感じていたが、猫が僕の理解者だった。
 大学受験に失敗し、浪人していた頃から予備校で友達のいない僕はひたすら生きづらさを抱え込んでいた。
 人見知りとか、自分の劣等感とか。
 大学に合格する前に僕は不思議な夢を見た。実家のベッドの中で一人その夢にうなされていた。
 目が覚めると世界は冷めて見えた。色彩の失われた世界の中で一人茫然としたまま街を歩いた。
 気が付くと大学に合格していた。それで大学生になった僕はまた一人で読書にふけっていた。
 ある日、春香と出会った。長い髪が印象的だ。春香も僕と同様に一人ぼっちだった。それで僕らはなんとなく親近感を感じて付き合うことになった。
 春香と付き合い始めても暗い日常は終わらない。それで春香には様々な愚痴を言っては彼女を困らせた。
 そんな大学生活の中で僕は一冊の本と巡りあう。タイトルは「時間とは何か?」。その頃、我が家には猫がやってきた。
 猫の成長を庭で眺めているうちに、なんとなく哲学には価値があると実感するようになる。
 急に実家の猫も家族も理性で理解できるように見えた。

「昼食にサンドイッチを作ってきたの」
 春香は電車の中でそう言って、僕に紙袋に包まれたサンドイッチを渡す。
「ずいぶんおしゃれだね」
 二人で海に着くと、強い風が吹いた。色彩を持つ黒い風はあっと今に世界を包み込んだ。風が止むと春香は美人に変わっていた。
「美人になったね」
 僕は言った。
「ええ。あなたが望んだから」
 二人で電車に乗っていると鏡映る自分はイケメンに変わっていた。
 家に帰ると、実家はきらびやかに変わっていた。豪邸だ。そこにはイケメンの父と美人と母親がいた。
「お父さん、お母さん」
 僕は問いかける。
「何?」
「どうして実家と二人はこんな風に変わってしまったの?」
「あなたが望んだから」
 僕はふかふかのベッドの上で考えた。どうして幸せになれないのか。自分の悩みも偏見や差別を受けることも全てなくなったはずだった。
 夢の中で僕はひどい夢を見た。そこには昔の姿の春香がいた。
「どうして人の外側しか見ないの?」
 不思議そうに春香は言った。
 朝目覚めると、実家は元通りになっていた。そこには昔の父と母がいた。
「ごめんなさい。この年になっても働いていなくて」
「いいのよ」
 母親は言った。
「体中が疲弊しきって働けないんだ。本当はいい大学を卒業して大企業に勤めて、今まで育ててもらった恩返しをしたかった」
「いいのよ」
「それがこの様だ。今では外を歩くことすらやっとだよ。確か大学生頃だった。僕には彼女がいると言っていたね。本当は嘘だ。僕には今まで恋人がいたことがない。今でも童貞だ。友達すらいなかった。一人で本を読んでいるふりをしていた。それで気づけば体中は動かなくなっていた。でも、僕は今幸せなんだ。本当なんだ」


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