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入江弥彦さん

少年と夏と水中と工場と音楽、それから少年。 Twitter:@ir__yahiko

性別 女性
将来の夢 セーラー服の女児
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ロックンロール ニアリー アルコオル

19/03/22 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:1件 入江弥彦 閲覧数:488

時空モノガタリからの選評

不器用で語り合うことのなかった思いを最後には音楽を通じて共有できたラストが印象的でした。家族といえど(あるいは、家族だからこそ)、言葉で語ることができないことは多々ありますね。伝えることのできない息子への思いを、父は手紙替わりにギターに託したのでしょう。その返事を音楽で語ることは、言葉によってよりもはるかに主人公の中に温かく残っていくものがあるのではないでしょうか。

時空モノガタリK

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 親父が素面でいるのを見たことがない。
 朝は俺が起きるよりも早くから飲んでいて、夜は俺が寝るよりも遅くまで氷の音を響かせている。酒癖が悪いわけではなかったし、暴力をふるうこともなかったけれど、無関心で無気力な男だった。
 俺が東京に行くと言った時も、そうかと一言吐き出しただけで、こちらも見ずに瓶をさかさまにしていたのをよく覚えている。止めてほしかったわけではないし、応援してほしかったわけでもないけれど、何をしに行くのかくらいは聞いてくれてもよかったのではないだろうかと思う。思えば、会話もほとんどなかった。
 結局、親父は俺が何をしに東京に出たのかも知らないまま亡くなってしまった。文字通り、酒に溺れたらしい。母から連絡がきたけれど、電話口の母も俺も妙に落ち着いていて、まるで今日の夕飯の話でもしているかのようだった。
 そろそろ出番だからと言って電話を切った俺は、不思議そうにしているメンバーに何でもないと笑って、ステージに登る。結局実家に足を運んだのは、それから一ヶ月後のことだった。
「あらあらまあまあ、すっかり都会の子ねえ」
 俺を駅まで迎えに来た母は少しふくよかになっていて、以前よりもいくらか健康的に見えた。
 別に、帰りたくなかったわけではない。決まっていたライブだとか、アルバイトのシフトだとか、彼女とデートだとか、そういう先約のようなものがたくさん入っていて、つまるところ親父の優先順位が低かっただけの話だ。
「親父、死んだって?」
「今日はそれで帰ってきたんでしょう。それより、あんた帰ってくるの何年振り?」
「高校出てからだから、七年くらい」
 運転席に座る母の口調は穏やかなままで、久しぶりに会ったという感じがしない。来る前は少しくらい気まずくなるものかと思っていたのだけれど、相変わらずのゆったりした母のペースに少し安心した。
「今のおうち、引っ越そうと思ってるの。だから、荷物の整理中で少し汚いんだけど」
 家の鍵をあけた母が振り返って、少し恥ずかしそうにそう言った。
「別に、そんなの気にしないけど。引っ越しって、なんでまた」
「だって、お父さんがいないのにここにいる必要ないでしょう? 私も都会に住んでみようかと思って」
 確かに、母一人で一軒家に住む必要はないかもしれない。汚いと言っていたが、玄関は俺が住んでいたころよりも綺麗になっていて、物が減っているように感じた。
 しばらくリビングで談笑していると、母が突然、それで最近どうなの、と小声でたずねてきた。
「どうなのって?」
「ほら、音楽よ」
「ああ、バンドのこと? 楽しくやってるよ、ギターも歌もしっかりね。最近はお客さんも増えてきたし、あ、そうだ、動画サイトとかに……」
「そう」
 母が、俺の言葉を遮った。普段はニコニコしながら話を聞いてくれる人だったから、驚いて言葉が止まる。俺の様子に気が付いたのか慌てて母が笑顔を作る。それからすぐに眉を下げた。
「ちょっと、待っててね」
 なにか、まずいことを言っただろうか。少なくともあの頃は、母は俺が夢を追うのを応援してくれていた。音楽の他に取り柄がなかった俺に、それは十分すごいことだと言ってくれていた。二十代半ばになっても就職しないものだから、気が変わってしまっていてもおかしくない。
「これ、あんたにあげる」
 少ししてリビングに戻ってきた母は、体の大きさに不釣り合いなギターを持っていた。楽器には少し詳しい自信があったけれど、どこのメーカーのものなのかはわからない。
「ど、どうしたんだよこれ」
「お父さんのギターよ」
「親父、ギターとか弾けたの?」
 驚きながらもそのギターを受け取ると、なんとなく手になじむ感じがした。
「ううん、それね、お父さんが作ったギターなの」
「……は?」
 想定外の返答に、思わず間抜けな声が出てしまう。
「お父さんね、昔はギター職人さんだったのよ。遠い昔だけど、ちゃんと働いてたんだから」
「これは……?」
「退職してから一本だけ作りはじめたのよ、理由は言わなかったけど、あんたが家を出てくらいだったかしら」
 恐る恐るギターの全体を眺めると、ネックの側面に、小さく俺の名前が書かれていた。
「なあこれ、カタカナって、ださくない?」
 俺はそう言うのが精いっぱいで、その後何を話したのかはよく覚えていない。



 照明のせいで、ホールにいる母の姿を探すことはできない。
 どうしようもない酒浸りの親父の唯一の特技がギターを作ることで、その息子である俺の唯一の特技がギターを弾くことだなんて。
「今日のギターはとある人からもらったもので、ええと、俺は、その人とはきっと、音楽でしか話せないから」
 俺がそう言い終えるとドラムがリズムを刻みだした。


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このストーリーに関するコメント

19/05/06 タック

拝読しました。
やはり、親は親として不器用ながらも子供を思うものなのでしょうね。
「音楽でしか話せない」という主人公の言葉にグッときました。
面白かったです。

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