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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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彼が生まれた家

19/03/22 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:267

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 つきあってもう3年になるけど、一樹がその間に自分の過去のことを話したのは、ただ一度だけ――俺の田舎はトンボがたくさんいるんだ、だけだった。しかもそれをいったときにも、うっかり口がすべったといったふうなので、こちらから水をむけても、わざとのようにはぐらかしてしまう彼に、私もいい加減、頭にきてしまった。
 だって、二人の間がここまできたら、お互いのことをあらいざらいうちあける時期だと思うんだけど、かれの話すことはいつもいまのことばかりだった。
 せまいアパートの一室で、ほしいものも買わずにいっしょにくらしていけるのも、彼がいてくれるおかげにほかならない。彼にとっても、それは同じだったにちがいない。
 なにかいえない過去があるのだろうか。疑いたくはないけれど、昔のことや、生まれた家のことには、きまってだんまりをきめこむ彼に、わたしはとうとう先日、あなたの家につれていってほしいと詰め寄った。
 こちらの切迫した態度に、さすがの彼も観念した様子だった。
「それじゃつぎの日曜日に……」
 彼もその間に、家の方に連絡をとっておくということだった。
 ……どうやら一樹は、ほとんど家出同然に都会にでてきたのではないかしら。その理由まではわからないが、彼はこちらにでてきてからは、いろいろアルバイトをしながら、自分が本当にやりたい仕事を模索しているようだった。
 いますんでいるところは、四畳半一間という、昭和の時代にはやった同棲を平成の終わりに二人で演じているようなものだった。わたしにしてみれば、いまにも息がつまるようなせま苦しい生活だったが、あんがい彼が平然としているのをみて、いつしかそれにもなれてしまった。いまでは四六時中顔をつきあわせていられることの幸せを感謝するまでになっていた。
 彼がこのような生活を苦にしないところをみても、きっと生家も似たようなものだったのではないのだろうか。これまで彼がかたくなに、実家にわたしをつれていくことをこばんだ理由も、おおよそ察しはつく。
 でも、お願いだから、みくびらないでほしい。このわたしがそんな、家のおおきいちいさいぐらいのことで、一樹の見方をかえるとでもおもっているの。わたしはこの四畳半一間の部屋とあなたがいるだけで、あとはもうなにもいらない。そのことを、わかってほしい。
 当日、早朝に、彼はわたしをつれて駅にむかった。親御さんのところにいくのだからと、わたしは昨夕デパートで買っておいた菓子折りをさげて、電車の座席に彼とならんですわった。その電車の終点でおりたのが二時間余り後のことだった。そこからさらにバスにゆられて田園地帯をとおりすぎ、川や山をこえること一時間余り、やっと停留所についたときはすでに、太陽は真上にのぼりつめていた。時刻表を確認すると、かえりのバスがくる時間は夕方の一回きりだとわかった。
 どこまでもひろがる田畑、森、ぼうっとかすんだ彼方の山並み、みえるものといえばそれだけで、このだだっぴろい世界のどこにも、人影らしいものはみあたらなかった。
 わたしはいまになって、彼にむりじいしてここまできたことを後悔しだした。しかしここまできてかえったら、二人分の電車賃の損失だけでも、彼に多大な迷惑をかけることになるとおもい、結局何もいわずにあるきだした。
 あるくにつれ、人家もめだつようになり、コンビニとはいかなくても、パンや野菜や缶詰、ジュース類等をまとめてうっている店などもあらわれだし、道をゆく人々の姿もちらほらみえるようになった。
 彼は農家の出身だろうか。――と、これまでみてきた田んぼや畑、農機具がのぞく納屋などをおもいおこしてわたしはおもった。もっともそれ以外にも、けっして裕福とはおもえない軒の低い、長屋のような連棟もすくなくないこの地方なので、そのほかにもいろいろ憶測をたくましくしながらわたしは、きゅうに坂道をあがりはじめた彼のあとを、息をきらしながら追いかけた。
「ここなんだ、おれの家――」
 彼がたちどまって手でしめしたところには、いったいどこまでつらなっているのか、見当もつかないほどながい塀がみえた。塀の上には手入れがいきとどいた目にもみごとな植木がつきだしている。わたしはそれから視線をそらすと懸命に、もっと粗末でちっぽけな家屋をあたりに探した。
「どこなの」
「これさ」
「え」
 わたしは茫然として、いったい入口がどこにあるのかさえわからない延々と連なる立派な塀を、ことばをなくしてみまもった。
 彼が山をふくめた辺り一帯の土地を所有する地主の息子だとわかったのは、それからしばらくしてからのことだった。
 わたしはもちろん、一樹がそんな富裕な家の出だとわかっても、これまでの彼の見方をかえるようなことは、死んでもしないつもりだった。



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