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犬飼根古太さん

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性別 男性
将来の夢 どれだけ掛かっても作家になることです。
座右の銘 井の中の蛙 大海を知らず されど、空の深さを知る

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実家での一コマ

19/03/21 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 犬飼根古太 閲覧数:146

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 ドアノブを回すと、音もなく扉が開いた。
「まあまあ遠いところからよく帰って来たねぇ、さぁさぁお上がり」
 腰くらいの高さから響く甲高い声が、扉を開けた俺を出迎える。
「ただいま、母さん。一年振りだね」
「ほんとそうだねぇ……実家って言っても近いんだから、もっと頻繁に帰って来なさいよねぇ」
 小言をいう声には心情がこもっていた。
「母さんは、実家に帰りたいって思うの?」
「そりゃ――」
 もちろん、と言いかけた彼女は、慌てて口元に手を当てて、きょろきょろと周囲を見回す。慌てた時の癖だった。
「――ここがあたしの実家だよ」
 先程の動揺を隠すように素早く続ける。
「さあさあ外は寒いだろう? お上がりなさい」
 冬とはいえ部屋の中と外の温度差は、ほとんどない。
「ありがとう。それじゃあ上がらせてもらうよ」
 俺は履物を脱がずに部屋に入る。
「おや、今日はマスミさんとナミちゃんは一緒じゃないのかい」
 不思議そうな声に俺は慌てた。
「も、もちろん一緒だよ」
 俺は左右の腕を交互に持ち上げる。
「この通り娘のナミもいるし、妻のマスミも一緒さ」
 左手の持つ重さはせいぜい三百グラムほどではないだろうか。右手はさらに軽い。
「まあまあ久しぶり」
 彼女は、どちらも大のお気に入りで、つい先程も一緒にいたばかりだというのに、嬉しそうに目を細めて頭を撫でている。
「……おや? 二人ともどうして返事をしないんだい?」
「――え?」
 彼女の質問に凍りつく。
「二人ともこんにちはー」
 返事に窮した俺は、脳をフル回転させて、なんとか言い訳を思いついた。
「眠ってるんだ。ほら、車での移動が長かったからね」
 俺の言い訳に、彼女は唇を尖らせたが、「確かに車に乗ってると眠くなるもんね」と納得した。
 彼女自身、乗り物に揺られていると眠くなるタイプなのだ。
「――じゃ、じゃあ、上がらせてもらうよ!」
 もし「娘のナミの声が聞きたい」などと無茶振りされたら困る。どちらもしゃべることなどできないのだ。
「久しぶりに実家に帰って来たんだから、二人の声を聞きたかったわ……」
「ごめんね」
「ナミもマスミさんもよく眠っているのね」
 彼女が、俺がそれぞれの手に抱えているものを撫でる。
 ナミと呼ばれた方は全身茶色い毛に覆われ、マスミと呼ばれた方は首がかなり長い。
 部屋に入った俺は、室内を見回した。
 入ってすぐに三和土や上り框などはない。
 部屋の広さは、どんな狭い1Kのアパートより狭いに違いない。なにせキッチンや風呂はおろかトイレさえないのだから。
 カーペットの上には、様々な食べ物と思しき物が十以上転がっている。
「あら、やだ。あたしったらさっき出迎えようと扉に走った際、蹴飛ばしちゃったみたい」
 彼女の足元にはスープらしきものが見えたが、皿からこぼれるようなことはない。ひっくり返っているが大丈夫だ。
「さぁ食事にしましょう……お腹が……空いたでしょ……」
 妙な間があった。
 彼女はお腹を押さえている。そして恨めしげに足元に散らばる様々な料理をかたどった物を見つめた。
 足音が急速に近づいてくる。
 ノックもなく俺の背後の扉を開けたのは、三十歳ほどの女だった。
 手をエプロンで拭きながら俺たちを見つめた。
「マスミさん」
 俺の前にいた彼女は、現れた女をそう呼んだ。
 名前を呼ばれた女は、物凄く変な顔をした。
 それから彼女の足元に散らばるおもちゃの料理の数々を見て、納得がいったらしく、手を拭くのをやめて言った。
「お待たせ。ご飯できたわよ」
「お祖母ちゃん、いるの?」
 先程まで俺の妻として振る舞っていた彼女は、そんな演技をかなぐり捨てて不安そうに尋ねた。
「実家なんだから当然でしょ? いつまでお祖母ちゃんに苦手意識持ってるのよ。ほんとは好きで甘えたい癖に」
「滅多に会わないんだから仕方ないよ。ナミは人見知りが激しいし。……玄関から入った時も一言も口を聞かなかったもんな」
 先程のままごとのやり取りを思い出したらしく、彼女――娘のナミは俯いた。
「返事してもらえないのって、悲しいね」
「おままごとから、そうやっていろいろ学んでくれるなら、恥を忍んで参加した甲斐もあったってもんさ」
 俺は妻のマスミに手を引かれてついていくナミの後を追うように部屋を出ようとして――。
 自分がまだ両手にぬいぐるみを抱えていたことに気づいた。
「ありがとう、マスミ、ナミ」
 右手に持っていたクマのぬいぐるみと左手に持っていたキリンのぬいぐるみを近くのテーブルに置き、その頭を娘の頭を撫でるように撫でた。


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