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笹峰霧子さん

性別 女性
将来の夢 健康になりますように。
座右の銘 自立。いくつになっても夢を持つ。

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メジロが来る窓辺

13/01/30 コンテスト(テーマ):第二十四回 時空モノガタリ文学賞【 受験 】 コメント:10件 笹峰霧子 閲覧数:1914

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あの時のことを思い出すと辛くなる。
小夜福子はペンを持ち、かといって書くことを躊躇いながら、あの頃のことを考えていた。

雪の多い地方の、冬の受験を迎える日々は身を切られる思いがするほど辛いのだ。かじかんだ手に息をホッと吹きかけながら、毎晩遅くまで机に向かう。
 前の年まで夜食を運んでくれていた母は持病の喘息を患って、福子が高校三年生になったばかりの春に死んだ。母の死を悲しんでいる間もなく、福子には目の前に受験が迫っていた。


 福子は高校に入学して間もなく医師になることを決めていた。理数系の頭ではないと自分で決めていたことが、すんなりとその夢を遂行するのを邪魔をしていたけれど、『夢は必ず叶う』という信念がその弱点をカバーしてくれた。


 もともと父親のいない福子は母の死後、財産をそのまま相続したので、叔母の管理の元で学費の心配はいらないということは薄々知っていたのだ。
「おばちゃん、わたし医大を受験する」
福子は母が生きていたときそう言ったと同じことを叔母に告げた。
「おまえがそうしたいなら、好きなようにすればいいさね」叔母はこともなげにそう言った。

 福子は自分の実力で入れる医学部のある大学を懸命に探した。理数の受験科目がない医学部なんてどこを探してもないのだから、自分に合う大学を見つけるのは難しいことはわかっていた。

「福ちゃん、いいこと思いついたよ」叔母が珍しく優しい物言いで話しかけてきた。
「この大学でさ、卒業したら大学で決めた病院で働けば授業料も安いんだってよ」
「ふーん……」
 福子が悩んでいるのは、そんなことではなかった。倍率がどうかとか、模擬でどれぐらいの点数なら入れるとかなのだ。やっぱり自分で調べて見つけるしかないんだ、そのとき福子はそう思った。

 
 実力は勉強の時間が長ければいいというもんじゃない、いかに集中できる時間が保てるか……なんだ、と気が付いたのはたしか夏休みが始まる前だった。

 それ以来、福子は受験一筋で頑張った。朝シャンしてドライヤーをかける暇なんてない。ぼさぼさの髪をしてぎりぎりの時間に自転車で学校へ駆け込んだ。

「おまえ、変わったな――」
学校の先生らはみな福子の変わりように驚いているらしかった。
がんばれよ!廊下ですれ違うとき、風紀の先生が声を掛けてきた。

 校則に違反してりぼんをつけて登校し、母が呼び出しを受けた高校二年の頃……。
 家に入りびたりだった友達も、福子の医大への入学を心から応援してくれていたのか、三年になると家に来ることを控えていた。

 

 ▽ ▽ ▽

 当時のわたしの無鉄砲さにおばちゃんははらはらしてたけど、長生きしたなあ、あのおばちゃん。なにしろ行年95歳と墓石に書き込まれたからな――。

 あのころはちょっぴり寂しくて、独りで机に向かいながら泣いてたこともあったけど、医大の合格通知が来たときはうれしかったぜ――。
 
 わたしは相変わらずべらんめえの女だけど、今は初老の医師だ。みながこんなわたしを力強いと言って頼ってくる。
 
これからわたしのすべきことは、他人(ひと)の為にこの身を使うくらいか……。

 窓の外では昨日桜の枝に吊るした蜜柑にメジロが寄ってきて揺れている。
 あと二時間もすれば看護士が患者が来たと呼びにくるだろう。


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このストーリーに関するコメント

13/01/30 草愛やし美

笹峰霧子さん、拝読しました。

受検を決意して福子さんは、大きく成長されたんですね。お母さんの死を乗り越えて頑張ったことは、大変だっただろうと察します。

信頼される医師になられた福子さん、素敵な生き方だなって思います。

13/01/30 笹峰霧子

草藍さん

コメントをありがとうございます。
受験のシーズンにはそれぞれの家庭でドラマがあると思います。
この作品もその一つを想定して、過去の思い出という形で創作しました。

13/02/05 泡沫恋歌

笹峰霧子さん、拝読しました。

医大は受験も難しいけど、入ってからの学費がもっと大変だと聴いています。
だから、医者はお金持ちの医者の家系しかなれないとか・・・。

医療費が高いのもそのせいかも知れない(笑)


13/02/05 そらの珊瑚

霧子さん、拝読しました。

かなしみをのりこえ、がむしゃらに受験を頑張った福子さんは、きっとその後の人生も自分の力で乗り越えて、いい医者となられたことだと想像しました。
こんな風に穏やかに人生を邂逅する時間に、庭のメジロ。素敵な時間ですね。

13/02/05 鮎風 遊

吊るした蜜柑にメジロ、これがいいですね。
そんな情景が浮かんできました。

確かに、女医さんの生涯、いろんなことがあったのでしょうね。

13/02/05 笹峰霧子

恋歌さん

コメントをありがとうございます。
平凡に生きた私の願望を込めて女医福子を創作してみました。
昔も今も医者になるのは金銭的にも大変のようですね。

13/02/05 笹峰霧子

珊瑚さん

コメントをありがとうございます。
こういう人生だったらどうだろうなどと考えながら、少しモデルもあって福子ができあがりました。
昔の医者は今よりも厳しい勉強とその後の環境を生き抜いたようです。

13/02/05 笹峰霧子

鮎風さん

コメントをありがとうございます。
女医を見る目が厳しかった昔、その中を生き抜いて、今ほっとしている福子の心境です。
なんだかこれを書いていて自分のことのような錯覚をしました。
創作というのは楽しいものですね。

13/02/17 石蕗亮

笹峰霧子さん
拝読いたしました。
受験の険しさと最後のめじろの暖かな情景が対照的で印象に残りました。
私の実家の庭でも父が木の枝にりんごを刺し、それをムクドリが毎日食べに来ています。
懐かしく思い出しました。

13/02/18 笹峰霧子

石蕗亮さん

コメントをありがとうございます。
自分にはないものをイメージして書きました。

ムクドリも来るのですね。
蜜柑にメジロしかイメージが浮かびませんでした。

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