クナリさん

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将来の夢 絵本作家
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幻洞

19/03/19 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:4件 クナリ 閲覧数:322

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 「幻洞」を知っているだろうか。
 山中などの埋めたはずの洞が、夜中になぜかぽっかりと口を開け、中にさえ入れるという怪奇現象だ。
 なぜこんなことを訊くかといえば、それは……



 昭和の話だ。
 当時地方都市の大学生だった僕に、一人暮らししている母親から、山村の実家を取り壊すという連絡が届いた。
 父は僕が中学生の頃に他界しており、それ以来母一人子一人だ。母と僕は父が死んですぐに山村を出ていた。
 大学には、山越という、同郷の同級生がいた。幼少期から頑健な男で、僕が村から引っ越す少し前に一度くらいしか、学校を休んだこともない。
 山越は、壊す前にもう一度家を訪れてみたいと言う僕に、
「そんなの放っておけよ」と口を出してきた。
「山越だって全然帰っていないだろう。なんだ、先姫様さえいれば村なんていいのか?」と僕も言い返す。
 その時、山越は奇妙に歪んだような顔をした。
 先姫様というのはある女性のあだ名で、彼女は僕より五歳年上の、非常な美人だ。僕らと同郷で、当時は山越の隣に住んでいた。
 村の中では由緒正しい家柄だとか聞いているが、本当に神聖視される血脈を継いでいるらしく、僕の母もよく「先姫様は神聖不可侵なのよ」と言っていた。
 それが今では、山越の許嫁として、彼と同棲している。

 ともあれ結局僕はその寂れた村を、十年近くの時を経て訪ねることにした。



 父の死体はあの日、家の囲炉裏端で母が見つけた。
 転んで囲炉裏の縁に頭を打ったらしく、頭蓋骨が陥没していたのが死因だった。
 無類の女好きで稼ぎもない、ひどい男だったのは覚えている。
 葬式では舌打ちさえ聞こえた。
 あそこまで悼まれない死というのも珍しい。



 実家には一人で訪れた。時間の感覚を誤り、すっかり夜になってしまった。
 周囲の家は離れていて、辺りには人っ子一人いない。
 懐中電灯を点け、鍵を開けて、中へ入った。
 それなりに感傷的になりながら、靴のまま歩く。
 台所に踏み入った時、驚いて思わず声が出た。
 板敷の床に穴が開いていた。人が一人余裕で入れるくらいある。
 なぜこんなものが。足を穴に差し入れると、下が階段状になっていた。
 人間が出入りするためのものなのだろうか?

 降りてみると、地下は人が歩けるくらいの洞穴だった。こんなものがあったなんて。
 そのまま暗闇を歩く。ふと、かつて父が死んだ時に抱いた疑念が浮かんできた。
 ――囲炉裏端で、死ぬほどしたたかに頭など打つだろうか?
 ――父は殺されたのではないだろうか。強盗か何かに。
 だが狭い村なので、不審者など現れれば当時でもすぐに分かる。
 しかし。そう、この穴が山中にでも通じていて、もしかしたら強盗はここからうちに入り込み、出くわした父を撲殺したのではないか?
 にわかにそう思えてきた。

 それにしても長い通路だ。
 昔の防空壕の類だろうかと考えていると、やっと出口に着いた。
 僕が穴から顔を出すと――何とそこは、先姫様の家の脇の茂みだった。
 こんな処に通じているとは。
 振り向くと、山越の実家が目と鼻の先にある。二階にある山越の部屋からは、この穴が丸見えだろう。

 僕は、……一目散に穴へ戻り、暗闇を駆けた。その間、胸の悪くなる考えが、ぐるぐると頭を回った。
 女好きの父。本来なら不可侵の娘。そこへ通じるうちからの穴。山越から丸見えの出口。頑健で、大人一人くらいならかついで歩けそうな山越。父の死体が発見される直前、一度だけ学校を休んだ山越。僕が実家に帰るのを止めた山越……
 父は家の中で死んだのではなく、別の場所で殺され、死体となって、「犯人」に抱えられてこの穴を戻ってきたのではないか。

 想像を振り払い、僕はうちの台所に着いた。全ては想像だ。父が台所の床下の穴など、知っていたとは限らないのだから。
 その時、僕の目に、何か白く小さなものが飛び込んできた。
 それは穴の縁に引っ掛かった、父が愛用していたタバコのフィルタだった。



 後日僕は山越に、それとなく僕の家の穴のことを訊いてみた。
 山越は前にも一度見せた奇妙な表情で、
「聞いたことはあるが、とうに埋められたはずだぜ。俺たちがずっと小さい頃だ。だから俺は見たことがない。それがどうかしたのか?」
と答えた。

 あれが幻洞だったのかは分からない。少なくとも、今僕が戻っても、もうあの穴はないと思う。
 村の医者も駐在も、何の事件性もないと判断して、父の死は片づけられた。誰も悲しまずに。

 昔のことだ。暗闇を掘り返すつもりはない。
 ただ、穴を振り返りもせずに実家を後にしたあの日、僕の知らない数多の「本当のこと」が、後ろでぽっかりと口を開けているような恐怖。
 それを、街中でタバコを見る度、思い出してしまう。


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このストーリーに関するコメント

19/03/21 笹峰霧子

クナリさま 
拝読させていただきました。
サスペンス風に描かれたこのストーリーが実話なのか創作なのかと思いながら読みました。
どちらにしても謎に終わっている話だけに続きが読みたい気がします。

19/03/22 クナリ

笹峰霧子さん>
ありがとうございます!
創作です創作(^^;)。
ホラーとして作るかサスペンスとして作るかというところで悩んだのですが、ホラーとして謎を残したまま仕上げたのでした。
サスペンスなら、ことのあらましまで解決(紹介)させなくてはならないのでしょうね〜。
実話系会談として、読み応えがあったらうれしいです!

19/05/06 タック

拝読しました。
物語に臨場感があり、特に実家を訪れた後の描写の巧みさにドキドキしながら読ませていただきました。
大変面白かったです。

19/05/11 クナリ

タックさん>
ありがとうございます。
ホラーとしては、あからさまにモンスター的なものが出てこないのも好きなのですが、いかんせんそうした作品を書く場合「これでドキドキできるだろうか…」という不安にさいなまれるので(^^;)、楽しんでいただけて何よりです!

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