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橘瞬華さん

思い立った時に絵や小説を書いてます。 気まぐれにTwitterにupすることが多いですが、どこかに投稿するか迷い中…。

性別 女性
将来の夢 そしていつまでも幸せに暮らしましたとさ。
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少女はサファイア色の涙を流す

19/03/18 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:7件 橘瞬華 閲覧数:190

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 幾重にも重ねられた薄絹のヴェールのような、夜の帳が一枚ずつ剥がれ、埃っぽい部屋に光が射し込む。やがて光は埃に反射し、部屋全体を白く満たし、静謐な朝が訪れる。
「おはよう、昨日はよく眠れたかな?」
「はい、旦那様」
 お着替えを用意しようと背伸びをすると、欠伸が溢れそうになり慌てて口をつぐむも空しく、カランと音を立てて生理的な涙が落ちた。窓から射し込む光を眩しいくらいに反射している。
 気負わなくてもいいんだよ、と優しく頭を撫で、小さな宝石をつまみ上げた。
 宝石の涙を流す少女、なんて言うと酷い境遇を想像するでしょう。確かにひどい目にあったこともあるが、今は幸せに暮らしている。
 夕方、一通りの仕事を終えた頃、風に当たりたいと旦那様に呼ばれた。丹精に整えられた庭が夕日に照らされ、花々に影を落とした。
 きっと、私たちは違う景色を見ている。彼が見ているのは屋敷の内から見る光景に過ぎないが、私が見るのはあの頃小高い丘から見た、世界の風景。あの頃、燃えるような夕焼けを見ても何を思うこともなかった。思い返せば何と美しい景色だったのだろうと、小さな淡い夕焼け色の涙が、零れてくるのだ。
「君の流す涙は本当に綺麗だね、心が澄んでいるのだろう。いつか悲しみが癒える日が来るといいのが」
 私の境遇を慮っての言葉。だけど今が悲しいからとて、幸せだった思い出は幸せでなくなるだろう か。今が幸せだからとて、悲しみがなかったことになるだろうか。
 哀しみの涙は夜の色に。嬉しい涙は暁の色に。この人は、明い宝石しか見たことがない。

 かつて、一人だけ家族と呼べる人が居た。命からがら逃げ出し、死のうとした草原で、彼と出会った。彼は羊飼いだった。彼は口数も少なく、涙が宝石になることを知っても、私に何を要求することもなかった。生きろということ以外は。彼と共に羊の番をした。草原から草原へと、昼夜を問わず歩き回り、羊を食べ、毛にくるまって寝た。生きるだけで、瞬く間に日々は過ぎ去っていった。時折、羊の毛を紡いで織ったものを売って他の食料や日用品を買った。
 彼は病を患ったが、宝石をどうしても使おうとしなかった。一度換金してしまえば足がついてしまうから、その水準に慣れて緩慢な堕落が始まるからと。
 星の瞬く冬の夜に、彼を看取った。死ぬ間際に、羊を、とだけ言った。彼の荷物は少なく、共用のものを除けば、僅かばかりの路銀の入った皮袋があるのみだった。躊躇いながら皮袋を確認したが、彼に渡した宝石はひとつも見付からなかった。ああは言ったものの、きっと二人で生きていくのは難しかったのだろう。涙は出なかった。
 次の冬が来る前に、私は街に降りることに決めた。季節の割に涼しい日々が続き、植物の育ちが悪かった。もう冬を越すことができないほど、羊は数を減らし、売ることもできず立ち往かなくなった。冬を越せない弱ったものから順に屠り、糧とした。一人で皮を裂き肉を断つと、内臓の辺りで硬い音がした。腹を開くと大小様々な宝石が詰まっていた。彼に渡した石だった。彼の最期の言葉の意味を知り、初めて声を上げて泣いた。
 私


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このストーリーに関するコメント

19/03/19 橘瞬華

 私は、喩え追われて生きる生活になったとしても、貴方と生きたかった。貴方さえいればそれで、よかった。そう伝えたくても、もう彼は居ない。羊を屠る度に出てくる宝石を皮袋に詰めた。古い皮袋は路銀よりも宝石が多くなり、また少し泣いた。
 街へ降りることを決めるまで随分躊躇った。どこか大きい家に住み込みで働けば、距離を保てば、密やかに暮らせるだろう。もし知られてしまっても、閉鎖的な屋敷であれば、苦痛は少ないだろう。そう考えて、この屋敷に辿り着いた。

19/03/19 橘瞬華

 屋敷は街から少し離れたところにある。旦那様は病弱で、屋敷から出たことがない。後継ぎも居らず、屋敷に残った使用人も僅かだと言う。訪ねると拍子抜けするほど簡単に、了承された。通された部屋に、紫水晶の原石があった。本物を見たことがない私は、中央に向かって生える姿を棺のようだと思った。外に出られない代わりに、美しいものを集めているのだと言う。私の体質を知っても、それを換金せず、コレクションの一部に加えた。私にとって、この上ない僥倖だった。やがて穏やかな日々の中で、明い涙を流すようになった。 

19/03/19 橘瞬華

 夜が深まり、屋敷中の人が眠りに就いた頃、私はそっと寝台を抜け出す。冷たく軋む床に腰を下ろし、テーブルクロスの下へ手を差し入れる。コツン、と微かな音を立てた、真っ青な、大粒の涙。あの日流した、悲しみの深い青。幾夜を重ねても、朝が来なければ永遠に増え続ける悲しみの宝石。
 青色の宝石は貴方への贈り物。
 貴方からの、贈り物。
 いつか貴方の居る丘に埋めましょう。宝石でできた棺のように。貴方と見た星空のように散らしましょう。夜に紛れて瞬く、深い深い哀しみの色の宝玉を。

19/03/19 橘瞬華

投稿が不完全でしたので、コメント欄を使用致しました。
せめてもの供養に……。

19/03/22 クナリ

あえて作品(2000字)部分のみでの感想ですが、主人公の帰らない過去と思いが伝わってきて、印象的なラストシーンだったと思います。
夜の色も暁の色も混じっていたのか、どちらかの色が多かったのか、彼女のその後(今の居場所に至るまで)よりもそちらの方が気になりましたね。

19/03/31 橘瞬華

クナリ様
コメント頂けて嬉しいです。ありがとうございます。
苦労して2000字に収めたのに肝心なところでミスをしてしまい、不甲斐ない想いでいっぱいです。

生活の中で涙を流す時、悔しさや悲しみが原因となる方が多いのではないでしょうか。喜びや感動で涙を流せるのはその人の本質に拠る部分が大きいのではないかと。
彼女自身の持つ本質的な感受性の豊かさと、抑圧された厳しい生活をどうしても対比にしたい思いが強く、このような構成にしました。
暁の色も夜の色も、どちらも美しいサファイアです。喜びも悲しみも、どちらの側面も持つからこそ、彼女の流す涙は美しいのだと私は思っています。その後の人生がどうなったのか、読者の皆様の想像にお任せしたいと思います。きっと人それぞれに違って、どれも美しいのでしょう。

19/04/09 滝沢朱音

カランと音を立てて落ちる、宝石の涙。とても印象的です。
羊飼いの彼はどんな思いで、密かに宝石を残していたのか…思いをはせました。素敵なお話でした。

コメント欄も含めて2000字なのですね。追加の文章も素敵ですが、クナリさんのおっしゃるとおり、本文の「初めて声を上げて泣いた」がラストシーンであっても、余韻があっていいと思いました。

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