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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ダンボールの家

19/03/18 コンテスト(テーマ):第167回 時空モノガタリ文学賞 【 実家 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:64

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 俺をうけいれてくれるのは、この家だけだ。
 夜の10時から翌朝9時までの間、とざされたシャッターの前で俺は、ダンボールの中に横になって朝までぐっすり眠れるというわけだった。
 ほかのホームレスたちはもっぱら、駅周辺に寝床をつくった。公衆トイレがちかくにあるし、最近はめっきりへったが、捨てられたタバコにありつけるのも、あのあたりが最も多かった。
 俺がその前を寝床にしている店は、精肉店だった。
 シャッターを通して昼間揚げているコロッケの匂いがまだ色濃くただよっている。こんな暮らしはしていても、コロッケのひとつやふたつ、買う余裕はあったが、その匂いで喚起されるのは子供のころの、姉といっしょに肉屋にいって、あつあつのコロッケを買っていっしょに頬張った思い出だった。俺のルーツをたどっていくとそんな姉弟のほのぼのとした出来事に、まちがいなくであうのだ。
 朝になると、六時にはおきだして、駅前の職業あっせん所にでかけていく。もちろんダンボールはきちんとたたんで、店と隣の建物の間にたてかけてゆく。
 俺がここをねぐらにしだしてから、すでに一か月がすぎていた。ここにくるまでは、あちこちの軒先を転々としていた。三日もすると、その家の住人から追い出しをくらった。自分の家のまえに、みしらぬ男がねていたら、そりゃだれだって不快におもうのはむりもない。
 この肉屋の主人は、ふっくらした顔つきの、人のよさそうな五十がらみの男性だった。
 いつだったか、雨で仕事があぶれて、しかたなく肉屋の向いにある、地蔵の横に腰をおろしていたら、主人が精肉をケースにならべているのが見えた。俺が夜、追いたてをくらうことなく朝まで寝ていられるのも、みんなこの主人のおかげだった。きっと、俺がシャッターの前で夜を過ごしているのを、知っていながら知らないそぶりをきめこんでいるのではないだろうか。俺はこの主人をみてからは、いつも店前にダンボールを組み立てるさいに、心の中で手をあわせることを忘れなかった。
 何度目かの地蔵の横で日中をすごしていたときだった。その日はよく晴れていたが、だからといってうまく仕事にありつけるとはかぎらないのがその日暮らしというものなのだ。
 めずらしくその日は土曜日だというのに、店にはシャッターがおりていた。まさか朝から、寝るわけにもいかないので、地蔵さんの石の台にもたれて店のほうをながめていると、店の横側にある階段から、店主の一人娘が母親のまえを、おりてくるのがみえた。まるでおりるのを惜しむかのようなその、ゆっくりとした足取りに、俺はなにやらいつもと異なる空気を感じた。
 この娘も俺は、これまでなんどか目にしていた。店にたって客と応対しているのもみている。父親似のふっくらした顔立ちに、親しみをおぼえる客もすくなくないようで、彼女がいると店先に明るい笑い声がたえなかった。道をはさんで店をながめている俺のほうを、ちらとはみても表情をかえることなく、そのまま仕事をつづける彼女だった。おれみたいな得体のしれない男がちかくにいたら、露骨な不快感をあらわしてもおかしくないのにとおもって、俺は無意識に彼女に感謝していた。
 その彼女が、母親にみちびかれるようにしずしずと階段をおりてくる。いつもとちがうみだしなみに、俺はおもわず目をみはった。女性がこのような風采をするのは、人生のきわめて特別な日にしかしないものだということは、容易に理解できた。あとからあらわれた父親もまた、珍しくきちっとした礼服に身を包んでいる。
 親子はまもなくむかえにきた車にのって、はしりさった。
 晴れの門出というやつだな。これから行くところでいま以上の華やかな衣装で身に飾りたてるにちがいない。俺はひとり合点すると、どうかしあわせになってくださいと、本心から彼女の将来を祈った。
 それからひと月半がたったころ、東の空がうっすらしらみはじめたじぶんのことだった。ダンボールというきわめて脆弱な家にすんでいるつごう上、俺はちょっとの物音にもすぐ目をさますようになっていた。以前ねているところを暴漢におそわれたこともあったので、俺はこわごわ箱の中から顔をあげた。
 女性がひとり、カバンを片手におもたげな足取りで俺の横をとおりすぎていく。コートの襟で頭までかくすかのようにすっぽり覆ったその女性が、この家の娘だとわかったのは、横手の階段をあがりるときにちらと横顔がのぞいたからだった。
 あのときの輝くような晴れやかさはどこへいったのか、いまみるその顔は、深い失意に蒼白になっていた。さっき彼女がとおるとききこえたのは、すすり泣きの声だった。
 彼女がここにきたわけを察した俺は、もうそれ以上寝ている気がおこらなくなって、そっとダンボールをたたみはじめた。


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