1. トップページ
  2. 神の御技を賜りて

青苔さん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

神の御技を賜りて

19/03/18 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:1件 青苔 閲覧数:120

この作品を評価する

「妊娠、されていますね」
 それが、僕がこの世界で初めて認識された瞬間だった。
 僕の母はその時、素直に、と言うべきか、無邪気に、と言うべきか、とにかく笑顔でその事実を喜んだらしい。そして、僕の存在を告げた医者は、マニュアル通りに次の言葉を続けた。
「まずは出生前診断が必要ですので、一週間後に来院してください」
「あの、……もし陽性だったら」
「その時は堕胎についての説明をします。すべて保険が適用されますので、ご安心ください」
 そうして母は病院を後にした。多分その時すでに、陽性だった場合の出産方法について考えを巡らせていたのだと思う。
 出生前診断が義務化されてからおよそ三十年、精度は格段に向上し、妊娠が判明してからすぐに、遺伝子由来の病気に関してはほぼすべての正確な情報が得られるようになった。だから陽性だと診断されれば、ほとんどの者が堕胎に同意した。それでも一部には、たとえ障碍があったとしても産むことを望む者もいる。しかし多くの医者はリスクのある出産に関わることを拒み、結果的に非合法の医者を頼ることになった。
 僕の出生前診断は、運の悪いことに、陽性だった。
 もし僕の診断結果が陰性だったら、もし僕の両親が堕胎に同意していたら、……いや、仮定の話はやめよう。
 結果的に、僕はこの世に生まれて来た。重い障碍児として。
 手足を満足に動かせず、一人で食事も排便もできない。この先の人生で僕の体の不具合が良くなる可能性は無いそうだ。脳の機能だけはしっかりしていたことが唯一の慰めである。そのおかげで、僕はこうしてものを考えることができているのだから。
 出生前診断の義務化、そして精度向上によって、僕のように重い障碍を持って生まれてくる子供は激減した。そのことが示すものは、つまり、僕のような人間がいることは想定外となった、ということだ。
 僕の両親は僕の誕生を喜び、その世話を惜しまなかった。そのことには、僕は感謝をしている。しかし、時は流れるのだ。
 時は流れ、僕は一人だ。
 まず父が死に、そして母が死んだ。死ぬ間際に脳裏をよぎったのは、僕のこれからの人生のことだろう。でも本当は、僕が生まれる前に気付いてほしかったのだ。僕の苦難の人生について。
 時は流れ、時代は移り変わる。もう、昔の牧歌的な時代ではない。
 出生前診断が義務化され、多くの医者が障碍児の出産に関わることを拒んだにもかかわらず、意外にも多くの親が出産を望んだらしい。多く、とは言っても全体の数からみれば少数派には違いない。それに、障碍を持って生まれた子供はすぐに死んでしまうことも多い。それでも、多く、と形容してもいい数の僕たちの存在は、社会問題にまで発展した。それが四、五年前のことだ。
 それから怒涛の勢いで議論と法律の整備と建設が進み、身寄りのなくなった僕のような人間は施設に集められることになった。
 怒涛の勢いで出産の手配をした両親も、この社会の変化には追い付けなかったらしい。いや、僕の個人的見解としては、もう追い付く気力がなかったのだと思う。死んでいく身に、まだ生き続ける僕のことを想像する余力は残っていなかったのだろう。あるいは、年老いて、誰かが何とかしてくれる、という他力本願に支配されていたのかもしれない。
 いずれにしても、僕は施設でただ漫然と死を待つしかない。充分な食事や世話は受けられない。誰かが積極的に手をくだすことなく、できるだけ早く死にいたれるようにする、施設。
 誕生を選ぶことができないならば、せめて自らの意志で死を選びたい、というのは傲慢だろうか。
 いつどこでどのように死ぬのか、僕自身が選びたい。しかし僕の体は、それすら満足に選ばせてはくれないのだ。僕は脳だけで生きている。考えることだけが僕のすべて。

 ある時、私は神に尋ねました。私が体を動かせないのは、誰が罪を犯したからですか。私ですか、私の両親ですか。神は答えました。あなたが罪を犯したのではありません。両親でもありません。神の技があなたに現れたのです。

 誰かがこんな昔話を教えてくれたことがある。それがいつのことだったのか、誰のことだったのか、覚えていない。僕はただ、僕に現れた神の技を憎んだ。そして、僕に授けられた神の技の代わりに、何かを返したいと思った。
 しかしこの世界に奇跡はあった。人間の脳に集積された情報を読み取る装置の開発が最終段階に入っているというのだ。
僕の死後、想定外の存在である僕の脳は解析されるだろう。だからこれは遺書だ。僕から全人類へ向けての。
 神の技を賜った僕は、ただ生きて、ただ死んでいく。そこに意味はなかった。どんな命も等しく尊い、生まれてきてくれるだけで幸せ、そんな言説は嘘だ。
 これは呪いだ。僕は、神の技の見返りに呪いを贈ろう。
 人類なんて絶滅しろ、バーカ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

19/04/09 滝沢朱音

深いお話ですね。読んだあとも、「神の技」という言葉に心が持ち重りしています。
出生前診断についても、いつかはこういう時代になるのでしょうか。
脳に残される遺書の呪いに、近未来の重たい現実を見せつけられた気がしました。

ログイン