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沓屋南実さん

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「シャコンヌ」の編曲

19/03/18 コンテスト(テーマ):第166回 時空モノガタリ文学賞 【 おくりもの 】 ※時空作者による選考回 コメント:2件 沓屋南実 閲覧数:165

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 バッハが残した素晴らしいヴァイオリン作品、机の上に置いた「シャコンヌ」の楽譜を僕は眺めている。どうにかしてピアノで演奏してみたくなった。ヴァイオリンの比類なき名手で20年来の友人の演奏を聴いていて、すっかり虜になってしまったからだ。しかし、演奏を聴く機会はとても限られる。彼の住まいはベルリン、僕はウィーン。加えて、彼は頻繁に演奏旅行に出てつかまえるのが難しい、超売れっ子。
 彼の伴奏なしのヴァイオリンがどんなに豊潤に響くか、聴かせてあげられたら。魂の奥の奥まで揺り動かされ、聴き終えたときその場を動けなかった。はるかな宇宙を見据えるような、それでいて細胞の内部に深く沁みわたるような。あのような楽曲を僕に作れたとしたら、興奮のあまり神経がもたない気がする。全ヴァイオリン作品の最高峰であり、時代を経ても残る全人類への贈り物に違いない。
 この素晴らしい奇跡のような作品に、ピアノ伴奏を試みた作曲家はいた。しかし、僕はヴァイオリンをおいてピアノのみの表現を模索したくなった。昨日もその前も、ピアノ独奏を試みたものの、やはりヴァイオリンの研ぎ澄まされた音を表すのは無理なのか、どうやっても友人の奏でる「シャコンヌ」に近づけない。

 今日も音符をひとつも書かないまま、お腹の虫が鳴く時間になった。肉団子のスープを食べに「赤いハリネズミ」へ行くとするか。僕は、家政婦に声をかけて外に出た。毎日時間通りの行動パターン。何人か僕に挨拶をしてくれる。子どもとしゃべって気分転換をしたいところだが、彼らはまだ学校にいる時間だ。
 大通りに出ると向こうから、友人であり僕の作品を出してくれる出版社の社主がやってくる。彼は手を挙げて言った。
「一緒に昼飯でも食おう」
 僕はうなずいた。
「これから『赤いハリネズミ』に行くところだ」
 社主はまたか、という顔をそのままに言った。
「二階のレストランではなく、一階の食堂なんだな」
「そうだよ、決まってるだろ。僕は高い凝った料理は口に合わないんだ」
 毎度こんな調子で出かけていく。二階の気取った連中も好かないし。
 昼食をともにしている間、彼は有望な新人作曲家をライバル出版社に取られたとか、シュトラウス兄弟のダンスホールは盛況だとか僕に業界の様子を知らせてくれた。これも毎回のこと。僕については適当にはぐらかすつもりが、つい彼の誘導にのって、「シャコンヌ」のピアノ編曲についてしゃべってしまった。
「作曲の才能があるのに、なんでまた編曲に頭を悩ませているんだ」
 彼はお構いなしに言う。黙っていると、畳みかけるように続けた。
「ヴァイオリンの独奏をピアノにするなんて、この肉団子スープを上階の凝った料理にするようなもんだろ」
 食い物にたとえてしまうとは、恐れ入った。無理に試みたとして、肉団子スープの良さを残すのは無理だろう。ふたりして、それは全然別の料理になってしまう、と笑った。そして僕は深いため息とともに、思った。ピアノ編曲は諦めるか。
 昼飯の後はおしゃべりの社主と別れ、ひとりでウィーンの街をぶらついた。そして、郵便局に寄って手紙を受け取った。ファンレターと思しき封筒に混じって、見慣れた文字に気が付いた。僕は歩調を速めて家に戻った。

「先生おかえりなさい。あら、自分で受け取りに行かれました? ありがとうございます」
 家政婦は僕の手にある手紙を見て言った。
「ああ、前を通ったものだからね。今日はもう帰っていいよ。ご苦労さん」
 僕は蔵書や楽譜のコレクション部屋にある、一番座り心地の良い椅子に座って、手紙を封を切った。見慣れた文字は、恩師の長女のもの。妻からの手紙が一番多いが、3人の娘たちもときどき手紙をくれる。何か良い知らせだろうか。ところが、恩師の妻が右手を痛めたための口述筆記だった。ウィーンでの仕事が不可能になったという知らせだった。
 右手を痛めたのはピアニストという仕事柄大変なことには違いない。しかしながら常々心配なのは、彼女は一家を養うためとはいえ働きすぎることだ。この際、ゆっくり休めると良い。独身の僕に余分なお金があるのは、なんとバランスを欠くことだろう。遠慮なく使ってほしいのだが彼女は亡夫の音楽を広めるためにも、頑張り通したいと言ってきかない。
「神様が休めと言っているんだ、とでも書くとするか」
 ひとりごちて、僕は返信を書こうと椅子から立ち上がった。そのとき、鍵盤の上を舞う彼女の左手が頭に浮かび、はっとなった。これだ。左手だ。

 僕ははやる気持ちを抑えつつ、仕事机の上の「シャコンヌ」の楽譜をピアノに移して、左手で弾き始めた。左手だけのほうが思った音になるぞ。間違いない。
 さあ、頑張ってピアノ編曲を仕上げ、彼女へ贈ろう。バッハの精神を伝えられるように。慰めとともに大きな喜びとなるように。


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このストーリーに関するコメント

19/04/09 滝沢朱音

大切な人のために編曲する、左手だけのシャコンヌ。きっと素敵なメロディになるのでしょうね。
私はクラシックにうといので、シャコンヌを検索し、聴きながらこのお話を読ませていただきました。

19/04/11 沓屋南実

コメントありがとうございます。

バッハのシャコンヌを聴きながら読んでくださって、とても嬉しいです。

左手だけの「シャコンヌ」は素敵な作品となり、今日私たちは耳にすることができます。
また、この作曲家と献呈されたピアニストがこれについて手紙に書き残しているので、そこからこの掌編を思いつきました。

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